日立製作所の小型原子力発電プロジェクトが着々と事業化に近づいている。米ゼネラル・エレクトリック(GE)との合弁会社、米GE日立ニュークリア・エナジーで小型モジュール炉(SMR)を開発し、2028年にもカナダで初号機を建設。さらに米国やポーランドでの受注を見込む。だが23年11月上旬には、米新興のニュースケール・パワーが、インフレによる資材・人件費の高騰を背景に、米アイダホ州での建設計画の中止を発表した。SMRは大型原発に比べて建設コストが抑えられるため、原発の新たなイノベーションとして期待されてきたが、GE日立のプロジェクトでも改めて経済性が問われることになる。
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GE日立がカナダの電力大手、オンタリオ・パワー・ジェネレーション(OPG)から受注する見通しとなっているのが、SMR「BWRX-300」。出力30万キロワットで、国際原子力機関(IAEA)によるSMRの定義である電気出力30万キロワット以下の原子炉の条件に合致する。東部オンタリオ州にあるダーリントン新原子力発電所向けで23年7月には同州が3基の追加建設を発表し、合計4基が建設される見通しだ。30年代半ばまでに全基が稼働する見通しで、約120万世帯へ電力を供給することになる。
「小型炉の開発のきっかけは経済合理性だった」(日立GEニュークリア・エナジーの松浦正義主管技師長)。小型炉はあらかじめ工場で製造し現地で組み立てるため、大型炉に比べ工期の短縮や建設コストの削減が見込めるという。
経営破綻した米原子力大手ウエスチングハウス(WH)などの例にあるように「特に大型炉では海外で建設期間がどんどん延びて、借入金の利子が膨れるリスクが顕在化したため、17年ごろからGEと事業化を検討してきた」(同)。BWRX-300の主要な建屋はサッカースタジアムのフィールドに入るほどの大きさだ。
BWRX-300は原子炉で蒸気を発生させてタービンに送る沸騰水型軽水炉(BWR)を小型にしたもの。従来、原子炉圧力容器から離れた場所に配管でつながれていた隔離弁を圧力容器と一体化させることで、配管損傷などによる冷却材の喪失事故を抑制する「一体型原子炉隔離弁」を採用する。
小型化すると通常、スケールメリットが発揮できずにプラントの建設単価は高くなるというが、松浦氏は「よりシンプルな設計にすることで安全性と経済性を確保する」という。すでに米国で設計認証をとっている1世代前の大型のBWRと比べ、出力当たりのコンクリートなどの資材量を大幅に削減し、建設期間も短縮できるという。米電力研究所(EPRI)は建設単価が1キロワットあたり3000ドルを下回ると小型原発など新設原子炉の導入が進むと指摘しており、GE日立はこの水準を目指している。
経済性が課題に
大型原発に比べて初期コストが抑えられると見られてきたSMRだが、実際の経済性は大きな壁となりそうだ。米国では23年11月上旬、同水準の経済性を目標に掲げていた米新興のニュースケール・パワーが、インフレによる資材・人件費の高騰を背景に、アイダホ州での建設計画の中止を発表した。日揮ホールディングスや中部電力などが出資していただけに、国内でも注目が集まっていた。
ニュースケールは23年10月、米国でオハイオ州やペンシルベニア州で29年にも稼働する別のSMRの新計画を発表するなどしており、今回の中止について「そこまで大きなインパクトはない」(日本の出資企業)とする声もあるが、23年1月には発電コストが従来見込みを大幅に上回ると見通しており、今回の件を機に今後は投資家の目が厳しくなる可能性もある。
OPGがGE日立を選定した理由は「建設までの実績があったから」(松浦氏)だという。今後GE・日立連合は原発の老舗メーカーとして経済性を実現できるかが課題となる。
GE日立の小型炉は欧米からの関心が高まっている。米国の国営電力会社、テネシー川流域開発公社(TVA)が、24年までに許認可準備を進めることを表明している。欧州ではポーランドやエストニアも導入を目指す。23年3月にはGE日立とTVA、OPGなどすでに提携している日米欧の4社でSMRの世界展開を進めるための提携も発表した。約4億ドル(約600億円)を見込む標準設計のための投資の一部を提携企業が出資する。
20年に日立が大型炉建設を断念した英国も小型炉導入の支援を進めている。23年10月に選定した候補社6社のうちの1社にGE日立も選定された。一方、日立のおひざ元である日本ではSMR導入に向けた議論は進んでいない。まずは先行する海外で技術を確立し、実績を積み重ねていくことが先決となる。
今後の市場について、松浦氏は「現在配電網が大きくなく、今後その強化やバックアップ電源を考えていく東南アジアなどでも導入が増えていくだろう」と期待する。大型炉プロジェクトを断念した英国での経験についても「北米でSMRの許認可を取得する体力や営業力につながった」と話す。同社の23年3月期の原子力事業の受注額は前期比7%減の1852億円だったが、今後はSMRの海外展開や長期的な新型炉の開発で事業基盤を強化する考えだ。
中ロが存在感
SMR開発は各国が主導権を競い合っている。米国政府は米企業の先進炉の実証を支援するプログラムを始めたほか、カナダはSMR開発に向けた国家行動計画を公表し「小型炉で世界のリーダーを目指す」としている。
現状、SMRで日米欧などの先を走るのがロシア、そして中国だ。ロシアの国営原子力企業のロスアトムは20年、軽水炉型のSMRを搭載した浮体式原子力発電所の営業運転を始めたほか、28年にはロシア極東のサハ共和国で、陸上型SMRを稼働する。中国でも国有原発大手の中国核工業集団が21年に海南省でSMR「玲龍1号」の実証炉建設に着手した。
ロシアの原子力外交をけん引するロスアトムの海外事業売上高は同国によるウクライナ侵攻後も大きな打撃を受けず、22年の海外の原発事業の売上高は前期比31%増の117億6400万ドル(約1.7兆円)と勢力を増した。
エネルギー安全保障を巡り、SMR技術の重要性は今後、さらに高まっていく見通しだ。IAEAによればSMRは世界で80以上のプロジェクトが進行しているという。政治的な分断が世界で進む中、いかに経済性の高いSMRを早期に実用化できるかが、新興国勢などを自陣に囲い込むためのカギとなる。
[日経ビジネス電子版 2023年11月30日の記事を再構成]【日本経済新聞】