東京へ、首都圏へ世界最大級の原発は電気を送り続けた。新潟県に建つ東京電力柏崎刈羽原発。一体誰のための原発なのか。何をもたらしたのか。新潟日報社は長期企画で、新潟から原発を巡る疑問を考えていく。プロローグでは「住民避難」を考える=敬称略=。(住民避難編・10回続きの9)
新潟県小千谷市で2度目の冬を過ごすことになった。2022年2月24日、ロシアが母国ウクライナに侵攻したためだ。
小千谷市で避難生活を送るイリナ・シェフチェンコ(39)とムタル・サリフ(37)夫妻は、日本の最北端より北の北緯48度に位置するウクライナ東部の工業都市、ドニプロから22年5月に来日した。一時避難先の近隣国で、小千谷市の市民有志による避難受け入れの動きを知ったのだ。
「今、ウクライナに安全な場所はない」。シェフチェンコはドニプロに残した両親を常に気にかける。家族の話題になると、表情は険しくなる。
母国の状況が厳しさを増したのは22年3月だ。ドニプロから約70キロ南のザポロジエ原発をロシアが砲撃し、占拠した。稼働中の原発への攻撃は史上初の事態だった。
シェフチェンコは「攻撃された原発の話になると、母はいつも悲しそうだ。ロシアが原発を占拠した時、(安定)ヨウ素剤が街の薬局から消えたと聞いている」と現地の衝撃を語る。
欧州最大級のザポロジエ原発は現在全6基が停止している。ウクライナ政府関係者は2023年9月、常駐する国際原子力機関(IAEA)の専門家がロシア側に行動を制限され、作業が十分にできていないと訴えた。
原発への攻撃は国際的に認められていない。戦時の文民保護を規定したジュネーブ条約。攻撃してはならない対象に、追加議定書で「危険な力を内蔵する工作物および施設」として、ダムや堤防とともに原発が明示されている。
「追加議定書の条項も有効に働かない。原発への攻撃を検討し、対処の詳細を詰めなければならない」。こう語るのは、核セキュリティーに詳しい公共政策調査会の研究センター長、板橋功(64)だ。
東京電力柏崎刈羽原発でのテロ対策の改善状況を評価する東電の第三者委員会で、委員長を務める板橋。「原発への攻撃、占拠に対し、国際社会としてルール構築が必要だ」と繰り返し訴える。
一方、東電福島第1原発事故を巡り新潟県が独自に避難方法を検証した委員会は、ロシアによるウクライナ侵攻の前から、原発への武力攻撃を議論していた。【新潟日報】