東京へ、首都圏へ世界最大級の原発は電気を送り続けた。新潟県に建つ東京電力柏崎刈羽原発。一体誰のための原発なのか。何をもたらしたのか。新潟日報社は長期企画で、新潟から原発を巡る疑問を考えていく。プロローグでは「住民避難」を考える=敬称略=。(住民避難編・10回続きの6)
原発事故が起きれば避難する5キロ圏の地域には、具体的な懸念を抱えたままのケースもある。
東京電力柏崎刈羽原発の北約3キロに立つ新潟県柏崎市宮川の高浜コミュニティセンター。原発事故時、高齢者など自力ですぐに避難するのが難しい「要支援者」の一時退避施設になる。集会室などに65人を収容できる2階建ての建物は、内部の気圧を高めることで放射性物質が入らない仕様だ。
事故時に原発の敷地外へ放射性物質が拡散された後は、通常の出入り口を閉め、渡り廊下でつながる隣の体育館から建物に入る。その際、体育館とセンター双方の扉を同時に閉め、避難者は密閉空間となる廊下に一時とどまる必要がある。
「体裁だけに思えてしまう」。廊下に視線を向け、地元町内会長の吉田隆介(74)は言う。2枚の扉の間隔は約1・5メートル。立てば数人が入れるが、寝たきりの人などストレッチャーに寝かせた人を運ぼうとすると空間に収まらず、放射性物質が入ってしまうと指摘する。
現状について、柏崎市側は「センターへの避難は放射性物質の拡散前に市職員などで全員終わらせる」とし、問題はないとする。拡散後に逃げ始めることは想定しておらず、市内の5キロ圏ではその訓練もしていない。
大規模な災害時にも市職員は計画通り来てくれるのか。「顔を知っているお年寄りたちを見捨てて、先に逃げるなんてできない。最後は自分たちで何とかするしかない」。吉田の不安は尽きない。
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2023年10月に行われた国と新潟県による原子力防災訓練で、参加した計約1400人の住民らは、バスなどによる避難を体験した。参加者からは、原子力災害につながるような地震が起きた場合の震源地や道路被害など、具体的な想定が足りないとの指摘もあった。
中でも懸念する声が強かったのが、原発事故と大雪が重なった場合の対応だ。2022年12月、柏崎刈羽原発の周辺では、有事の際に避難経路となる国道8号などが大雪のため長時間通行止めとなった。その記憶が新しい中での訓練だったが、今回の訓練にその想定はなかった。
原発から約3キロ離れた柏崎市宮川の高浜コミュニティセンター。原発事故に備えた設備がある
「避難の実効性があると言えるような状況では全くない」。市域が柏崎刈羽原発から半径5〜30キロ圏の避難準備区域に含まれる長岡市の市長、磯田達伸(72)は訓練を終えると、厳しい目を向けた。
こうした声に対し、訓練を統括する内閣府の大臣官房審議官、森下泰(56)は「今回の訓練では手順や連携の確認に重きを置いた」と強調した。「そうした総合訓練と、内容や条件を細かく設定する訓練とは違うものだ」と説明する。
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原発から30キロ圏までの自治体で避難計画は定まったものの、その通りに逃げられるかの実効性を高める活動は途上だ。
2023年10月の訓練費用は予算ベースで7100万円だった。政府や地元自治体など約120機関から延べ約2600人が参加し、数字に表れない行政職員の人件費もかかっている。少なくはない時間とコストを費やしながら、取り組みは続く。
原子力災害に備えて行われた訓練=10月27日、新潟県庁
2017年〜22年に原子力規制委員会の委員長を務めた更田豊志(66)は実効性について、「どれほど素晴らしい計画を立てても、その通り行動できなければ絵に描いた餅になる。防災が十分かどうかは、議論し続けていくことが必要だ」と指摘している。
【新潟日報】