東京へ、首都圏へ世界最大級の原発は電気を送り続けた。新潟県に建つ東京電力柏崎刈羽原発。一体誰のための原発なのか。何をもたらしたのか。新潟日報社は長期企画で、新潟から原発を巡る疑問を考えていく。プロローグでは「住民避難」を考える=敬称略=。(住民避難編・10回続きの7)
静かな港に、漁を終えた船が続々と戻ってくる。2023年11月2日早朝、福島県のある漁港。地元漁師たちは、この時期よく取れるというヒラメやカレイ、近年かかるようになったトラフグを水揚げしていた。
この日、東京電力は福島第1原発の処理水の3回目となる海洋放出を始めた。海底トンネルを通じ、1日460トンのペースで太平洋の沖合1キロから流し、約20日間で合計約7800トンを放出した。
処理水放出を巡っては安倍晋三政権時代の2015年、政府と東電が漁業者に対し「関係者の理解なしに(処理水の)いかなる処分も行わない」と約束していた。しかし、政府の姿勢に対する異論が相次ぐ状況のまま23年8月、放出を実施した。
柏崎刈羽原発の安全性などを地域住民らが議論する「地域の会」で、出席者にあいさつする小早川智明・東京電力ホールディングス社長(中央)ら幹部=11月10日、柏崎市
「説明を尽くす姿勢がなかった」。地元の漁業協同組合の男性職員は、港を見つめながら話した。納得感は全くない。さらにやりきれないのは、漁業者それぞれに意見があっても、口にするのがはばかられると感じられることだ。「処理水について周囲の意見に沿わないことを言うと…。ここは狭い世界だから」と言葉少なに語る。
ただ放出が3回目ともなると、漁師たちとの話題にされなくなった。「もはや日常になった」と男性。納得できない事態でも、一度始まってしまえば当たり前のことになっていく。
福島県と同じく東電の原発が立地する新潟県。福島事故を繰り返さないよう設けられた新規制基準の適合性審査に、柏崎刈羽原発は2017年12月に6、7号機が「合格」したが、重大事故が起きた場合に備える住民の間には不安の声が根強く残る。
「柏崎刈羽原子力発電所の透明性を確保する地域の会」の年に一度の情報共有会議(第245回定例会)。終了後に報道陣の取材に応じる東電・小早川智明社長=11月10日、柏崎市
もしもの際の住民避難について、原発事業者の東電は「最大限の支援」を表明している。
しかし、東電の姿勢に対する住民の視線は厳しい。「原発の運転は自分たちの事業なのだから、もっと主体的に避難に関わってほしい」。新潟県で再稼働を巡る議論が加速する中、2023年10月に行われた原子力防災訓練では、参加者からそんな声も聞かれた。
「再稼働すれば、福島と同じく日常になっていくのではないか」。福島の漁協職員はつぶやいた。
住民避難編「事業者責任」の<下>に続く>>
【新潟日報】