(国際ジャーナリスト・木村正人)
2050年までに原子力発電容量を3倍に
アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれている国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)で2日、原子力ルネッサンスを目指す米国とフランス、議長国UAEなど22カ国がネットゼロ(温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること)を達成するため原子力の重要な役割を認識し、2050年までに原子力発電容量を3倍にすると宣言した。
これに対し、環境団体は「原発は危険で経済合理性にも欠ける電源だ。気候変動対策にならない」と猛反発している。
宣言に署名した他の19カ国は日本、韓国、英国、ウクライナ、ブルガリア、カナダ、チェコ、フィンランド、ガーナ、ハンガリー、モルドバ、モンゴル、モロッコ、オランダ、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、スウェーデン。
米エネルギー省によると、宣言では「今世紀半ばごろまでに世界全体でネットゼロを達成し、世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて摂氏1.5度に抑え、持続可能な開発目標7『エネルギーをみんなに、そしてクリーンに』を達成する上で原子力が重要な役割を果たすことを認識する」と明記した。
原子力はエネルギー安全保障上の利点を有するクリーンで分散可能な2番目のベースロード(昼夜を問わず安定的に発電できる)電源だ。世界原子力協会や気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の分析によれば、50年までの世界全体のネットゼロ、パリ協定の1.5度目標を達成するには世界の原子力発電容量を3倍にする必要があると宣言は強調する。
米国は小型モジュール炉の輸出を促進
国際エネルギー機関(IEA)は「原発の減少がネットゼロへの到達をより困難でコスト高にする」と分析する。今回の宣言は「新たな原子力技術(小型モジュール炉)は土地の占有面積が小さく、必要な場所に設置できる。再生可能エネルギー源(水素、合成燃料)とうまく連携し、電力部門以外の脱炭素化を支援する追加的な柔軟性を有する」と唱える。
原発が安全性、持続可能性、安全保障、核不拡散の最高基準に沿って運転され、核燃料廃棄物が長期間管理されることを政府は約束する。最高基準を満たす場合、原発の寿命を適宜延長する。開発資金調達のため世界銀行、国際金融機関、地域開発銀行の株主にエネルギー融資政策に原子力を含めることを奨励し、原発を必要とする責任ある国々を支援する。
一方、バイデン米政権は米国の小型モジュール炉に関心が集まっているため、輸出入銀行と国務省を通じて小型モジュール炉の輸出を促進し、米国事業者が国際競争力を維持できるよう支援する。米国、カナダ、日本、フランス、英国は今後3年間にウランの転換・濃縮能力を強化するため政府主導で少なくとも42億ドルの投資を動員する。
COP28の会合で米国の原子力戦略を表明するケリー特使(本人のXより)COP28の会合で米国の原子力戦略を表明するケリー特使(本人のXより)
また米国の核融合エネルギー国際パートナーシップ戦略を立ち上げ、商業的核融合エネルギーの開発を支援する。
ジョン・ケリー米大統領特使(気候変動問題担当)はX(旧ツイッター)に「4大陸の20カ国以上が原子力を3倍にする宣言を発表できてうれしい。最高基準を順守する原子力は1.5度目標を達成する上で重要な役割を担っている」と書き込んだ。
フクシマで再び暗黒時代を迎えた原発
議長国UAEは世界で再エネ容量を3倍にし、エネルギー効率改善率を2倍にする目標を掲げる。これを受け、118カ国政府は2日、30年までに世界の再エネ容量を3倍にすることを約束した。英グラスゴーでのCOP26を踏襲し、COP28でも全会一致ではなく有志連合の形で化石燃料から再エネ、原子力への流れを加速させる狙いがある。
56基の原子炉を擁する欧州の原発大国フランスのエマニュエル・マクロン大統領も「来年ベルギーで開催される第1回原子力サミットでお会いしましょう」とXで呼びかけた。
福島原発事故でドイツが脱原発に逆戻りし、原発は再び暗黒時代に入った。それを払拭するようにマクロン大統領はほぼ満席の記者会見場で身ぶり手ぶりを交え約40分にわたって熱弁をふるった。
「省エネ、原子力、再エネに基づくエネルギー戦略。脱石炭を優先する。そうすることで原子力と再エネを加速できる。フランスはすでに非石炭プロジェクトに公的支援を集中させている。原子力と再エネプロジェクトを優先的に支援する」
マクロン大統領は政府主導で脱石炭を加速させていると強調した。
「原子力発電と再エネをもっと増やす必要がある。再エネだけに頼っても石炭や化石燃料から脱却できるような信頼できる戦略は国内的にも世界的にも存在しない。再エネは安定性を欠き、送電網に大きなリスクをもたらす。適切なエネルギーミックスこそが私たちの戦略を構築する」
UAEは300億ドル規模の気候基金「アルテラ」を設立
マクロン大統領は「COP28ではエネルギー効率を高める投資を倍増し、30年までに再エネ容量を3倍にし、50年までに原子力発電容量を3倍にするという明確な約束をした。国際原子力機関(IAEA)はベルギーで原子力分野の政府、企業、投資家、規制当局を一堂に集め、原子力を3倍にするための首尾一貫した戦略を策定する予定だ」と説明した。
「原子力や再エネに関して設定した目標は信頼できる。石炭からの転換を加速させなければ成功しない。原子力に関する状況は非常に大きく変化している。原子力の歴史がなかったり、放棄しようとしたりしていた国々が立場を変えている。今回の宣言は大きな前進だ。私たちは再エネと原子力の区別をなくすことに成功した」(マクロン大統領)
UAEのムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン大統領は1日、世界規模でエネルギー転換を進めるため300億ドル規模の気候基金「アルテラ」を設立すると発表した。気候戦略に250億ドル、グローバルサウス(途上国)への投資促進に50億ドルを割り当てる。20年代末までに2500億ドルの投資につなげるビジョンを描く。
2日、中国、インドに次いで世界で3番目に多い石炭火力発電所を保有する米国、石炭に大きく依存しているチェコを含む7カ国が脱石炭国際連盟(PPCA)に参加した。欧州の主要国をはじめ、南米諸国、アジア諸国やアフリカ諸国からの加盟国も増えているが、日本は加わっていない。
国際環境NGO 350.orgジャパンの伊与田昌慶氏は「米国がPPCAに参加した今、日本がG7で唯一脱石炭を打ち出せず、孤立を深めていることがこれまで以上に鮮明になった」と語る。
化石燃料依存に環境団体から批判の目が向けられる中、岸田文雄首相は「排出削減対策の講じられていない石炭火力発電所については各国の事情に応じたネットゼロへの道筋の中で取り組まれるべきだ。日本も自身の道筋に沿い、エネルギーの安定供給を確保しつつ排出削減対策の講じられていない新規の国内石炭火力発電所の建設を終了していく」と演説した。
日本の石炭火力は世界で4番目に多い。伊与田氏は「首相は『排出削減対策の講じられていない新規の国内石炭火力発電所の建設を終了していく』と演説した。新設計画が多くあった時期に放置してきた政府が、新設計画が残されていない今になって『新設を終了していく』と表明するのは風邪の治った人が『これから風邪薬を飲む』と言うようなもの」と手厳しい。
伊与田氏は「日本は気候危機を利用して原子力への依存を正当化する一方で、二酸化炭素を大量に排出する産業の化石燃料ビジネスを延命させようとしている。危険な目くらまし以外の何ものでもない。00年代以降、原子力産業のロビイストたちが主導してきた『原子力ルネサンス』の試みは決して成功することはなかった」と訴えた。
原発を世界に売り込むマクロン大統領でさえ「炭素回収・貯留で二酸化炭素の問題が100%解消できると本気で信じる人はいない。削減を可能にする解決策だが、限界がある。炭素回収・貯留は化石燃料からの脱却の努力を妨げてはならない。私たちは森林やマングローブ、海洋に素晴らしい炭素回収・貯留メカニズムを持っている」と語る。
国際環境NGO「FoE Japan」によると、世界の石炭火力発電の約8割がアジアに偏在している。日本と韓国は世界的トップの化石燃料事業公的支援国であり、特にアジアにおける化石燃料事業支援が強い批判にさらされている。
石炭27.8%を含め電源構成における7割を超える化石燃料依存から抜け出せない日本はこのままでは世界から孤立しかねない状況だ。【JBpress】