東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働をめぐり、福島第一原発事故に関する独自の「三つの検証」に取り組んできた県は13日、総括報告書を取りまとめたことを明らかにした。総括の進め方に批判は強く、内容にも新味がない一方、有識者による各テーマの検証には評価する声もある。今後、再稼働の議論にどう生かされるのか注目される。
総括報告書はA4判で87ページ。冒頭、今回の検証を始めた経緯について「再稼働の議論の前に、何が原因で重大事故が起こり、それが住民にどのような影響をもたらしたのか検証が必要と考えた」とした。
続いて、事故原因を検証する技術委員会▽健康と生活への影響を調べる健康・生活委員会の各分科会▽安全な避難方法を検討する避難委員会の四つの有識者委員会・分科会がそれぞれまとめた各テーマの検証結果の概要を紹介した。
また、テーマをまたいで指摘された共通の課題を抽出。炉心溶融(メルトダウン)を当初認めなかった東電の対応などの「情報伝達」や「避難者が抱える問題」など9項目に分類した。
そのうえで、各検証結果に「相反するものや矛盾及び齟齬(そご)はなかった」と総括。今後の議論に「重要な材料」として生かすと結んだ。
検証の総括も当初は有識者による検証総括委員会が進めた。しかし、総括の方法や範囲をめぐって委員長だった池内了・名古屋大名誉教授と県が対立。2年以上中断したまま、県は3月末の任期で委員全員を再任しなかった。後を担った県の担当部局は、すでに公表されている各検証結果を整理するにとどまった。
三つの検証は2017年、それまでの技術委に加え、米山隆一前知事が新たに健康・生活委と避難委を設置してスタート。18年には総括委も設けられた。花角英世知事もそのまま続け、今年3月までに各テーマの議論は終了した。有識者44人が計122回の会議や現地調査を重ねた。
13日の記者会見で花角知事は「県としてこれから柏崎刈羽に向き合ううえで意義がある」と語った。
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柏崎刈羽原発の再稼働には立地自治体である県の「地元同意」が欠かせない。その判断にあたり花角知事は、三つの検証の結果を議論の材料にするとし、検証終了後に議論を始めるとの考えを繰り返し示してきた。
総括報告書がまとまったことで、地元同意の議論は大きく動くのか。先行きは不透明なのが現状だ。
同原発では、21年に入り相次いで発覚したテロ対策の不備を受け、原子力規制委員会による追加検査が同年4月から行われている。追加検査が終わって初めて地元同意の手続きに移ることになるが、依然4項目の課題が指摘されており、終了は見通せていない。
追加検査と並行して地元同意の議論を進めることもできる。ただ、花角知事は三つの検証のほかにも、追加検査の結果▽技術委による同原発の安全性確認▽避難の課題と対応力向上の3点を議論の材料にするとしている。13日の会見でも「今後は県として議論を進めていく」と述べたものの、開始時期の具体的な言及は避けた。
議論では、公聴会やセミナー、シンポジウムなどの開催を通じて県民らの意見を聴くという。議論を踏まえ再稼働の是非について自身の考えを明らかにし、「県民の信を問う」としている。
これに対し、同様に地元同意の当事者である柏崎市の桜井雅浩市長は同日、議論を急ぐよう求めるコメントを文書で出した。
コメントでは、総括報告書について「時間をかけることが必ずしも『安全・安心』につながるものではない」とし、「異なる意見の両論併記に終わるなど『総括』などできていない」と批判。「早々に広範囲の意見を聴取し、議会制民主主義における熟議と結論が導かれることを心より願う」と記した。
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総括報告書の公表を受け、池内氏はオンラインで記者会見し、「柏崎刈羽原発の安全性に関する総括がないなんてあるのか」と批判した。また、一般的な記述が目立つとし、「何が欠けていたか具体的に問題を提示できるよう深掘りするのが総括委の役割。欠陥のある報告書だ」と残念がった。
米山氏も取材に対し、「単なる論点の列挙で、再稼働を判断する材料にはなり得ない」と指摘。「県には取りまとめる能力も意思もなかった。再稼働という結論ありきで進めているようにしか見えない」と語った。
健康・生活委の健康分科会で委員を務めた独協医科大の木村真三准教授(放射線衛生学)は、県による総括に批判的な一方、テーマごとの検証については、「議論の時間が限られていた中で、本当に再稼働できるのかを念頭に県単位でここまで詳しく検討したことは画期的だ」と評価。「福島第一原発事故に近い状況が柏崎刈羽原発でも起こりうるという前提で検討されたもの。県民一人ひとりが福島で起きたことを我が事とし、再稼働について考えるきっかけにしてほしい」と話した。
三つの検証の経緯
2011年3月 東京電力福島第一原発事故が発生
12年7月 新潟県の技術委員会が事故の検証を開始
16年10月 米山隆一氏が知事に当選
17年8月 避難委員会、健康・生活委員会が発足。技術委を含む三つの検証がスタート
18年2月 検証総括委員会が初会合
6月 花角英世氏が知事に初当選
20年10月 技術委が報告書を提出
21年1月 健康・生活委の生活分科会が報告書を提出
同月 検証総括委の第2回会合。以降は開催されず
22年9月 避難委が報告書を提出
23年3月 健康・生活委の健康分科会が報告書を提出。全報告書が出そろう
同月 検証総括委が31日までの任期で事実上終了
9月 県が総括報告書を公表
【朝日新聞】