Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。
■役所広司が実在した吉田所長役
東京電力福島第一原子力発電所事故を全8話のドラマにした作品が「THE DAYS」です。Netflixが6月1日から世界配信した初週からNetflix公式グローバルランキング(非英語TV)で堂々の5位と、世界各国で視聴されています。マグニチュード9.0の巨大地震と大津波の直撃を受けた原発事故は関心を集めやすく、間違いなく重要なテーマです。その分、国境を超えるドラマ作品としてのクオリティが期待されるわけですが、厳しい評価も受けています。なぜ賛否両論を生んでしまっているのでしょうか。
ドラマ「THE DAYS」が焦点を当てているのは、福島第一原子力発電所で事故が発生した2011年3月11日から現場で何が起こっていたのかというもので、割とストレートな筋立てです。原子力発電所が全電源喪失し、原子炉が次々と制御不能になった事故現場に対峙した人々が物語の中心人物となりながら、日本政府と電力会社本体の視点も加えて、前代未聞の緊迫した数日間を追っています。
主役は実際の事故当時、福島第一原子力発電所の所長を務め、現場を指揮した故・吉田昌郎氏がモデルとなり、役名もそのまま吉田所長として、役所広司が演じています。
第76回カンヌ国際映画祭で役所が男優賞を受賞した直後に、このドラマが世界配信されていますから、キャスティングの観点からも海外の映画・ドラマ批評家の注目を集めやすくしています。
ほか重要キャラクターも名の知れた役者ばかり。
複数の責任者の立場にあった人物をモデルにしたという中央制御室の当直長に竹野内豊、原子炉建屋内に突入した決死隊のベテラン原発運転員を小林薫が演じ、また吉田所長の右腕役に音尾琢真、東電副社長役に光石研が起用されています。
そして首相官邸で苛立ちをぶちまける台詞が続く内閣総理大臣役に小日向文世という顔ぶれです。
■『リング』ホラー監督が手掛けた場面
どうやら重厚なドラマになっていそうと、ドラマ「THE DAYS」に関心を引く条件は十分に揃っているようにみえます。では、いったいなぜ作品として物足りなさがあるのかというと、1つ目は人物像のわかりにくさにあります。これだけ演技派の役者たちを揃えているのにもかかわらず、登場人物ひとりひとりの背景が描ききれていないことで、人物像が画一的に見えがちです。
吉田所長(役所)に関しては、原子炉への海水注入を戦略的に決断する時のような見せ場があり、随所で職業ドラマ的な痛快さがあるものの、それぞれが役割に徹した理由が見えずじまいなのです。
ドラマ「THE DAYS」は人間ドラマよりも、実際の現場を想像させるような臨場感に集中させているのは確かです。成功させてもいます。なかでも放射線の見えない恐怖の表現に力を入れていることが伝わってきます。
ホラー映画『リング』シリーズを手掛けた中田秀夫を監督チームに迎え入れ、中田監督は建屋の暗闇の中で決死隊が作業する第4話と第5話を担当しています。不快音の効果もあって、凄まじい緊張感を与えてきます。中田監督の腕が光る場面です。
ただそれも、構成上に問題があるように感じてしまいます。全8話の多くが作業シーンに費やされていることもあり、緊張感でさえ単調な印象を持たせているのが惜しいのです。できる限り、実際に現場で起こっていたことを知ってもらいたいという製作側の気持ちは尊重したいですが、ひとつのドラマ作品として見た場合、いくつもの再現エピソードが連なっただけの集合体のように見えてもしまいます。
再現にこだわり過ぎたことが評価の分かれ目になっているのは事実です。アメリカの作品批評サイト「Rotten Tomatoes」をはじめ、海外では特にプロの批評家から一般ユーザーにまで手厳しい指摘を受けています。
毎話にわたり「事実に基づく物語」を表示し、これこそ作品の価値にあることは理解できます。当然のように作品の原点も東日本大震災にあります。
ドラマ「THE DAYS」の企画を立ち上げ、脚本を執筆し、プロデュースした増本淳氏が「2011年4月終わりに石巻市へ行き、ボランティア活動をした時の体験が非常に大きかった」とプロダクションノートで語っているように、現場から作品が生まれていることがわかります。
増本氏は「コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-」などを代表作に持つ、元フジテレビのプロデューサーです。福島原発事故を独自に調べていく中、最終的に『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』を執筆した門田隆将氏の著書を原案に、「事故調査報告書」や「吉田調書」をエピソードの柱にしながら、仕上げていったというわけです。
■作品の最大の価値とは
また増本氏は膨大な資料の中からエピソードを取捨選択していく作業は「非常に悩む部分だった」と明かしています。同時に複合的に絡み合う事実をわかりやすい社会派エンターテインメント作品として落とし込むことを目指し、その結果、日本崩壊の危機を現場がいかに救ったのかを読み取れるドラマにはなっています。劇中で総理大臣役の小日向が言い放つ「日本が北海道と西日本に分断されてしまう」という台詞は印象に残ります。
これだけリサーチと再現を売りにしているのだから、いっそのこと解説の役割を担うドキュメンタリーを掛け合わせた「ドキュドラマ」として見せることもできたのではないかと思ってしまいます。製作には日本法人のワーナー・ブラザースも加わっており、Netflixが独占で世界配信している枠組みですから、作品形態についてありとあらゆる可能性を探ることができたはずです。
そう思うのは、世界配信される原発事故を扱うドラマとして勝負する場合、アメリカHBOの傑作「チェルノブイリ」と比較されるのが大前提にあることが大きいです。政府の欺瞞をテーマにした「チェルノブイリ」は作品としての奥深さがあり、フィクションから現実を見せていることに成功しています。これに対してドラマ「THE DAYS」は最後の最後で「自然の前に、人間は無力だ」という言葉にテーマを集約させていますが、事実の再現にとどまった印象を持たせています。
数字上はしっかりと好成績を収めています。世界配信された6月1日の初週集計(5月29日~6月4日)の時点でNetflix公式の非英語TVジャンルのグローバルTOP10ランキング5位に位置づけ、さらに翌週集計(6月5日~11日)でも5位をキープし、TOP10入りした国数は59カ国に伸びています。関心が高いことは明らかです。
今も廃炉作業と復興への道のりが続いていることに目が向けられれば、これが作品の最大の価値となるのかもしれません。
【東洋経済オンライン】