経済産業省の審議会は9日、次世代の原子力発電所の技術開発の工程表案をまとめた。安全性を高めた最新の大型原発の商業運転を2030年代に始めると明記した。政府は現時点で原発の新設や建て替えを想定していないとしており、実現には政治決断が必要になる。電力需給が逼迫する中、政府・与党内には原発活用を求める声があり、工程表は今後の議論の土台となる可能性がある。
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岸田文雄首相は7月、「原発の再稼働とその先の展開策など政治の決断が求められる項目を明確に示してもらいたい」と指示していた。今回の工程表案に沿った形で原発を使うには原発の新設や建て替えの判断が焦点になる。
経産省は9日に総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の原子力小委員会を開き、有識者による作業部会から工程表の骨子案について報告をうけた。
工程表案では既存の原発に比べて安全性を高めた次世代の軽水炉の開発に最優先で取り組む方針を盛り込んだ。軽水炉とは冷却に水を使う世界で主流の原子炉で国内で稼働している原発もこの形式だ。
原子炉メーカーは従来の軽水炉の原発よりも耐震性を高め、航空機が衝突しても耐えられる性能や、炉心冷却の手段を増やした原発の開発を進めている。審議会は商用炉初号機について20年代に設計を進め、30年代に建設を終え運転開始するスケジュールを示した。
既存の技術や国内の供給網をいかせる点や、安全規制が従来の延長線上にあることから次世代原発の中でも実現性が高いとみている。
米ニュースケール・パワーのSMRの完成予想図
小型モジュール炉(SMR)と呼ばれる小型で安全性が高いとされる原発は、技術と経済性が十分かを判断するための実証炉を40年代に運転する。商業運転はさらに先になるとみられる。米欧で開発が進むが、国内で規制基準がないうえ、規模が小さく収益性が低いと見込まれる。導入には時間がかかるとみている。
水ではなくヘリウムで冷却するため水素爆発せず、放熱での自然冷却も可能な高温ガス炉(HTGR)は30年代の実証炉の運転開始をめざす。政府が原子力政策の柱と据える核燃料サイクルに必要で、高レベル放射性廃棄物を減らせる高速炉については、実証炉の運転開始は早くて40年代になるとの見通しを示した。
政府はこれまで「原発の新増設や建て替えは想定していない」との立場を繰り返し示してきた。新型の軽水炉を30年代に建設・商業運転するとした今回の工程表案はこの政府方針と矛盾する。
萩生田光一経産相は7月の記者会見で「新増設や建て替えを想定したものではない。研究開発の目標時期に関する現段階でのイメージだ」と説明した。
経産省には、50年の脱炭素の実現に向けて、発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しない原発を活用し続ける道筋を付けたいとの思惑がある。原発は最長60年の運転を終えれば廃炉にすることを法令で定められている。建て替えがないままでは稼働できる原発は急速に減っていく。
欧州などでは脱炭素に向け再生可能エネルギーの導入の前倒しだけでなく、原発の新設計画が相次ぐ。英国は30年までに最大8基の建設をめざしており、政府が最大17億ポンド(約2700億円)を支援する。米政府は高速炉と高温ガス炉の実証炉2基について28年の運転開始をめざし、6年で計32億ドル(約4300億円)の支出を承認した。
9日の原子力小委の会合では委員から「何よりも国が自ら建て替えを決断しなければ、開発する意味を失う」といった意見も出た。
建て替えなどがなければ日本の原子力産業の技術力や専門人材は先細りする。経産省は今回の工程表案を受け、供給網(サプライチェーン)や人材の維持発展に向けた政策支援を検討する。
首相は10日に内閣を改造する。足元では原発の再稼働が進まないことも一因に電力不足が懸念される。将来の電力の安定供給と脱炭素の両立に向け、原発を中長期的にどう位置づけていくかの議論を早期に詰める必要性が高まっている。【日本経済新聞】