経済産業省が原子力発電の復権に向けて動き出した。夏場や冬場の電力逼迫に対する国民の不安が高まり、参院選では自民党が公約に「原子力の最大限の活用」を掲げて改選過半数を獲得した。経産省は潮目の変化を逃すまいと、8年前に頓挫した政策に再挑戦する機会をうかがう。
「投資回収期間の長さなどの課題への制度的な対応策を検討すべきだ」。7月1日に開いた総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)革新炉ワーキンググループで、経産省はこんな提案を打ち出した。
有識者でつくるワーキンググループは4月に設置され、革新炉の導入に向けた道筋などについて議論している。革新炉とは安全性が高いとされる最新の大型原発や小型モジュール炉(SMR)、高温ガス炉(HTGR)などを指す。日本には存在せず、建設計画もない。
原発は大きな初期投資が必要で回収には数十年もの長い時間がかかる。自由化された市場で競争させても発電コストの安い再生可能エネルギーに押され、収入も安定しない。そこで制度を用意してでも収益を得やすい仕組みにしようという発想だ。
経産省内では収入保証案が浮上する。参考とする英国は、原発の電気の販売価格をあらかじめ投資を回収できる水準に設定し、事業の見通しを立てやすくする計画を進めている。
競争を否定し国民負担が膨らむ恐れのある政策だ。資源エネルギー庁の保坂伸長官によると「英国政府はエネルギーの安全保障は価格では計れないと考えている」という。
収入保証案は14年にも検討したことがある。16年に電力小売りが自由化された後で原発事業の採算が悪化する事態に備える狙いがあった。東日本大震災からわずか3年後ということもあり反発が強く頓挫した。「原発を優遇するのか」と批判された。
それから8年の間に原子力産業は細り、今のままでは日本はいずれ自前で原発を造れなくなる。50年の温暖化ガス排出量実質ゼロに向け脱炭素電源の選択肢を狭めたくないとの危機感が経産省にはある。電力の安定供給にも役立てたい考えだ。
霞が関では選挙期間中は政策を動かさないのが通例。経産省はその期間中にあえて、政府として想定していないとしてきた新設や建て替えを見据えた議論を提起した。本気度を感じるが、原発の将来像を決めるのは政治の役割だ。国民の目に勇み足と映れば、理解を得ようとしても得にくくなる。【日本経済新聞】