福島第一原子力発電所の事故をめぐり、住民や各地に避難した人などが国と東京電力に賠償を求めている集団訴訟のうち、福島、千葉、群馬の3件について、最高裁判所は東京電力に関する上告を退け、国の基準を上回る賠償を命じた判決が初めて確定しました。
2審で判断が分かれた国の責任については、来月弁論を開いたうえで、統一的な判断を示す見通しです。
原発事故をめぐり、福島で暮らし続ける人や各地に避難した人などが東京電力などに賠償を求めている集団訴訟は、全国で30件以上起こされています。
このうち、国と東京電力に対する福島、群馬、千葉の3件の訴訟について、最高裁判所第2小法廷の菅野博之 裁判長は4日までに、東京電力に関する上告を退ける決定をしました。
原発事故の発生からまもなく11年になりますが、事故をめぐる集団訴訟で、東京電力の責任と賠償額が確定するのは初めてです。
3件の2審判決は、生活基盤の変化や「ふるさと」を失った損害などとして、いずれも原発事故の賠償に関する国の基準を上回る慰謝料の支払いを命じていて、確定した賠償額は3600人余りに対し総額およそ14億円に上ります。
一方、国の責任については2審の判断が分かれていて、最高裁は来月、国と住民側双方の主張を聞く弁論を開くことを決めました。
弁論を踏まえ統一的な判断を示す見通しで、各地の訴訟にも影響を与えるとみられます。
避難生活を続ける女性「国も過ちを認めて」
今回の最高裁の決定について、福島県の集団訴訟の原告団の1人で、富岡町の自宅周辺が帰還困難区域に指定され郡山市で避難生活を続けている深谷敬子さんは「原発事故のせいで、経営していた美容院が営業できなくなりました。人には言えない精神的な苦労がいっぱいあり、いまだに立ち直れていません。原告団の中には、私と同じように苦しみ、やっとの思いで生活している人がたくさんいるので、国の基準を上回る慰謝料の支払いが認められてよかったです。東京電力だけでなく国にも大きな責任があるので、過ちを認めてほしいです」と話していました。
原告団 果樹園農家の男性「活動の成果が実った]
今回の最高裁の決定について、福島県の集団訴訟の原告団の1人で、福島市で果樹園を営む阿部哲也さんは、NHKの取材に対し「公正な判決を求める署名活動など、世論に訴える原告団の活動の成果が実ったと思います。原発事故によって果物が売れなくなるなど、いろいろな損害が出て、農家としては悔しい思いをしてきました。最高裁判所は、その思いをくみ取ってくれたのだと思います」と話していました。
福島訴訟 弁護団「被害者全体にとって救済の弾みに」
東京電力の賠償が確定したことについて、福島訴訟の弁護団の馬奈木厳太郎弁護士は「被害の実態に照らせば十分とはいえないが、国の基準である『中間指針』よりも広い地域で賠償額の水準が上がったことは重要だ。裁判所が賠償の基準を作り直した意味合いを持ち、被害者全体にとって救済の弾みになると思う」と評価し、近く東京電力に申し入れを行う考えを示しました。
また、国については、判決を変更するために必要な弁論が開かれることから「最高裁がどのような統一判断を示すかは現時点ではわからないが、国の責任を認めなかった群馬の訴訟についても弁論が開かれることを重く受け止めたい」と述べ、国の責任が認められることへの期待感を示しました。
群馬訴訟の原告の1人で群馬県に避難している丹治杉江さんは「避難者が味わってきた苦しみの責任を国に取らせることができる可能性が出てきました。事実と証拠を突きつければ必ず責任を問えると信じています」と述べました。
一方で「国が勝手に線引きした避難区域以外の地域から避難した人たちへの賠償額は少ないまま東京電力との間の裁判が終わってしまったのは残念だ」と述べました。
千葉訴訟の瀬尾誠さんは「事故後の対応や裁判を通して東京電力の不誠実な姿勢を感じていたので、責任が確定し、自分の中ではストンと落ちるものがあった。賠償額については足りない部分もあり、いまも被害は続いているので東電とのやり取りは続くが、次のステップに進めるという思いだ」と述べました。
福島訴訟の原告団長を務める中島孝さんは「国や東京電力は私たちの被害者の生活を支援するという視点が欠落している。人の命や暮らしを軽んじ、無視する姿勢を変えるためにも、最高裁できっちり国に勝訴したい。東京電力には決定を真摯(しんし)に受け止め、原発に回帰しようとするのではなく、私たちの被害救済に向けて動く姿勢を示してほしい」と述べました。
東京電力「福島への責任を果たすべく誠実に対応」
最高裁の決定を受けて東京電力はコメントを発表し「事故により福島県民の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて心からおわび申し上げます」としています。
また、裁判所の判断に従うとしたうえで「引き続き福島への責任を果たすべく誠実に対応していきます」としています。
賠償額の目安「中間指針」とは
福島第一原発の事故のあと、東京電力は国の指針に基づいて被害の賠償を行っています。
原発事故が起きた場合、電力会社は過失の有無にかかわらず、原則として無制限の賠償責任を負うことが原子力損害賠償法で定められています。
福島第一原発の事故を受けて設置された国の審査会は「中間指針」という賠償額の目安となる基準を定め、東京電力はこれに基づいて対象となる人たちに個別に賠償を行っています。
精神的な損害に対する慰謝料については、福島第一原発に近く、放射線量が高い地域では、850万円から1450万円、福島市や郡山市、いわき市など自主避難の対象となった地域では8万円から48万円などと、各地域の状況に応じて支払ってきました。
集団訴訟では、この基準を超える損害があるかどうかが争われました。
住民側は「健康などへの不安を抱えたまま日常生活を強いられた精神的な苦痛は大きく、国の基準に基づく賠償だけでは不十分だ」と主張して、事故前の暮らしを変えなければならなくなったことや、「ふるさとを失った損害」などの慰謝料も認めるよう求めていました。
一方、東京電力は「中間指針は合理的な一定額の基準だ。最低限の基準ではなく、これを下回る認定も可能だ」などとしてこれまでの賠償で十分だと主張しました。
今回の3つの訴訟は、金額や賠償が認められた範囲はそれぞれ異なりますが、最高裁の決定によって、いずれも中間指針を上回る賠償が確定したことになります。
国の責任 どう認定するか… 各地の訴訟に影響する可能性
福島第一原発事故をめぐる国と東京電力に対する集団訴訟は、全国で33件起こされていて、原告は1万2300人あまりにのぼります。
このうち福島、千葉、群馬などの4件がこれまでに最高裁判所に上告されています。
今回、東京電力の責任と賠償額が確定した3件の訴訟は、国の責任については2審の判断が分かれていて、福島と千葉の訴訟は認められた一方、群馬は認められていません。
全国で最も規模が大きく、原告が3500人あまりにのぼる福島の集団訴訟は1審・2審ともに国の責任が認められています。
2審の仙台高等裁判所はおととし9月の判決で「政府の地震調査研究推進本部が平成14年に発表した地震の『長期評価』には客観的で合理的な根拠があり、これをもとに速やかに試算していれば国も東京電力も大規模な津波を予測できた」と指摘。
そのうえで「東京電力の経済的な負担の大きさなどを恐れるあまり、長期評価の試算自体を避け、東京電力に対策を命じなかったことは違法だ」として1審に続いて国の責任を認めました。
さらに、国の責任の割合について1審は東京電力の半分としましたが2審は同等と判断し、総額でおよそ10億円の賠償を命じました。
千葉県に避難した40人あまりが起こした訴訟は、1審は、津波対策をとっても事故は避けられなかったとして国の責任を認めませんでしたが、2審の東京高等裁判所は一転して国の責任を認め、国と東京電力にあわせておよそ2億7800万円の賠償を命じました。
群馬県に避難した90人あまりが賠償を求めた訴訟は、1審の前橋地方裁判所が「津波を予測して事故は防ぐことができた」として、国と東京電力の責任を認めました。
集団訴訟で初めて国の責任を認める判決でした。
しかし、2審の東京高裁は、千葉の訴訟とは別の裁判長が「津波の発生を予測できたとは言えず、防潮堤などを設置したとしても、津波による原発内の浸水は防げず、事故の発生を回避することはできなかった」として、国の責任を認めた1審判決を取り消し、東京電力に対して1億1900万円余りの賠償を命じました。
最高裁が示すとみられる統一的な判断は各地の訴訟にも影響する可能性があり、国の責任をどのように認定するのか、注目されます。【NHK】