首相経験者の発信の重みを考慮せず、誤った理解を広める行動は無責任で看過できない。
小泉純一郎、菅直人両氏ら元首相5人が欧州連合(EU)欧州委員会に送った書簡で、東京電力福島第1原発事故の影響により「多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しみ」と表現した。欧州委が、原発を地球温暖化対策に資する投資先として認定する方針を示したことを批判する文脈で、原発事故と甲状腺がんを絡めて記載した。
原発事故以降、子どもの甲状腺がんなどについて調べている県民健康調査検討委員会は、現時点で甲状腺がんの発見と放射線被ばくとの関連は認められないとの見解を示している。国連の放射線影響科学委員会は、甲状腺がんを含む発がん率の上昇や将来の遺伝的な影響を危惧する状況にないと報告している。
原発事故と甲状腺がんの発症の関連を裏付ける調査や研究は、現段階ではない。そのようななかで、発言力のある元首相らが子どもの甲状腺がんが原発事故によるものと表明することは、本県に対する差別や偏見を助長しかねない。
岸田文雄首相は書簡について「適切ではない」と明言した。内堀雅雄知事は「短い言葉で切り取ってしまうと、あたかもそれが事実、あるいは確定したものであるかのように受け取られかねない」として「遺憾だ」と述べた。
元首相らには、原発事故とがんの発症率に関する見解と、書簡に記載した際の経緯について説明するよう求めたい。
県が事故当時18歳以下だった子ども約36万人を対象に実施した調査の結果、266人ががん、またはがん疑いとの診断を受けた。このほか、検査以外でがんが確認された人もいる。
国連は、事故による被ばく量が小さく、がん発症が増えることは考えがたいとしている。一定数の発症が確認されたのは、大人数の対象者が精密な検査を受けたことによるものとの指摘もある。
検査については、得られた知見などより、発症者が確認されたことやその数に関心が集まりがちだったことは否めない。元首相らの表現は、県の取り組みの趣旨などが広く知られていないことを図らずも露呈したものと言えよう。
県と国は、これまで行ってきた子どもの健康を守るための取り組みや、そこでの知見を改めて発信していくことが不可欠だ。
県内の子どもに甲状腺がんが確認されたことは事実だ。原発事故との因果関係にかかわらず、支えていかなければならない。【福島民友新聞】