東京電力福島第一原発事故を巡り、東電が巨額の損失を出したのは安全対策を怠ったためだとして、株主約40人が、勝俣恒久元会長(81)ら旧経営陣5人に会社への損害賠償を求めた株主代表訴訟が30日、東京地裁(朝倉佳秀裁判長)で結審した。判決は来年7月13日に言い渡される。提訴から間もなく10年。事故で福島を離れた原告の浅田正文さん(80)は「日本社会が変わるきっかけになる判決を」と願う。(小沢慧一)
◆「原発からの撤退」提案しても別の株主からやじ
「どこで死ぬのだろうか」。この日、法廷で意見陳述した浅田さんは切実な思いを述べた。「ついのすみか」と思っていた福島県田村市都路町を追われ、避難先の金沢市で暮らす。
都会の生活に疲れ、54歳で半自給自足の生活に憧れて同町に移り住んだ。コメ、野菜などを作り、自然の営みを肌で感じた。
震災翌日の夜8時半ごろ、避難指示の防災無線が流れた。ガソリンが半分残った軽自動車にペットボトルや菓子、寝袋などを放り込み、約500キロ離れた金沢市の友人宅に向かった。
福島第一原発まで約25キロと近く、事故前から反原発を掲げた東電株主運動に参加してきた浅田さん。事故発生に力不足を感じ、直後の株主総会で「原発からの撤退」を提案したが、別の株主たちから「電力不足になったらどうするんだ」などとやじが飛んだ。「あれだけの事故が起きているのに、考えは変わらないものか」とあきれた。
◆「時間かかりすぎた」仲間は何人も亡くなった
原告団に入ったのは、原発のない日本を作りたいとの思いに共鳴したから。旧経営陣の刑事責任を問う告訴団にも参加。原発関連の裁判を闘った仲間は、この10年で何人も亡くなった。訴訟は「時間がかかりすぎた」と思う。だが避難者の生活や賠償、汚染水など事故を巡る課題は多い。「事態はますます悪くなっている」と感じる。
自宅近くの放射線量は事故後の半分以下になったが、「かつての生活は戻らない」と帰る気持ちにはなれない。
勝訴しても原告には1円も入らない。結審後の記者会見で、こう訴えた。「経営者個人に責任が及べば、全国の電力会社が『これでいいのか』と原発事業を考え直すきっかけになる。原発を推進しようとする社会に抑止力になるはず」
◆刑事裁判と並行、賠償請求額は史上最高額に
東電福島第一原発事故を巡り、旧経営陣個人の責任を問う裁判は、元会長ら3人が強制起訴された刑事裁判と今回の株主代表訴訟のみ。2012年3月の提訴から訴訟は約10年に及び、当初5.5兆円だった賠償請求額は約22兆円に膨らんだ。史上最高額とみられる。
長期化の理由について、株主側代理人の海渡雄一弁護士は、並行して進んだ刑事裁判を挙げ「さまざまな新証拠が明らかになり、民事訴訟で新証拠を使えるようになるまで時間が必要だった」と説明する。
裁判長も交代を重ね、4人目の朝倉佳秀裁判長らは今年10月、原告側が長年要望していた福島第一原発の視察を行った。裁判官による現地視察は、原発事故の責任が争われた刑事、民事の裁判で初めてで、株主側代理人の河合弘之弁護士は「東電が津波を防ぐのに容易な工事すらしなかったことを分かってもらえたと思う」と判決に期待する。
訴訟の主な争点は、02年に発表された国の地震予測「長期評価」の信頼性と、東電の安全対策が適切だったかどうか。30日の口頭弁論で株主側代理人は、長期評価は科学的に信頼できるとした上で「長期評価に基づいて速やかに工事を実施していたら事故は防げた」と主張。旧経営陣側は信頼性を否定し、「仮に対策を取っていたとしても、津波襲来までに間に合わなかった」と反論した。【東京新聞】