データで問う衆院選の争点
脱炭素化で出遅れる日本のエネルギー・環境政策について衆院選(31日投開票)を通じた各党の議論が深まっていない。再生可能エネルギーの導入拡大では一致するが、温暖化対策の目標に向けた実現可能な計画は示せていない。2011年の東京電力福島第1原子力発電所の事故以降、原発の活用を巡る議論を避けた不作為のツケは大きく、再生エネの導入比率も英国やドイツの半分以下にとどまっている。
政府は20年10月、温暖化ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを50年までに目指す方針を打ち出した。21年4月には中間目標として30年度に13年度比46%減らす目標を公表。10月末からの第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)を控え、目標の達成に必要な具体策の議論が問われている。
政府が中長期の戦略を示すエネルギー基本計画に再生エネを「主力電源化」すると明記したのは18年。11年の原発事故後、日本のエネルギー政策は迷走し、この空白期間が致命的な遅れにつながった。英国は10年に7%だった再生エネの比率を20年に約43%に高めた。
日本が2割と出遅れた影響は、エネルギー効率の目安とされる二酸化炭素(CO2)の国民1人当たり排出量にも如実に表れる。日本は19年に8.7トンと、30年間でほぼ改善せずに横ばいのままだ。
一方で1990年には日本より排出の多かった英国は5.4トン、ドイツは8.4トンに減らした。北欧スウェーデンは日本の半分以下の4.2トンの水準にまで下がった。
日本もようやく再生エネに力を入れようと、10月中に閣議決定する見込みの新たなエネルギー基本計画では30年度の電源構成を①再生エネ36~38%②原子力20~22%③石炭火力19%――などと見込む。
自民党は安全が確認された原発の再稼働を進めると主張するが、30年度の原発比率を実現するには、電力会社が政府の原子力規制委員会に申請済みの全27基の稼働が必要だ。独立組織の規制委の審査次第との要素が大きく、自民党や経済産業省のかけ声通りに再稼働が進むかは見通せない。
立憲民主党は「原発に依存しないカーボンニュートラルの実現」を打ち出す。再生エネの導入量を上積みし、原発を減らす分を補完する案を訴える党も多い。ただ、そのためには送電網の増強や、電気をためられる蓄電池の本格導入など、大きな投資を実施する覚悟も必要になる。
日本の送電網は脆弱で、政府が切り札と位置づける洋上風力発電を生かすには送電線の増強に4.8兆円かかるとの試算もある。天候による再生エネの発電量の増減をIT(情報技術)で調整するスペインのようなシステムも求められる。
政府が目指す30年度の再生エネの比率を実現するのも、太陽光パネルの置き場所が足りなかったり、洋上風力の本格導入が間に合わなかったりしてハードルは高い。野党の求める上積みはさらに難易度が高くなる。
19年時点の主要国の電源構成をみると英国、スペインといった脱炭素の先行国は再生エネも4割程度と多いが、発電時に温暖化ガスが出ない原発も1~2割あることで「脱炭素電源」5割超を実現している。一方の日本は19年度実績で再生エネは2割、原発は1割にも満たない。
日本のエネルギー戦略の軸足が定まらないのは、原発を中長期にどう活用するかの議論を避けてきたためだ。
原発事故後、国内での運転期間は最長60年までと定められた。既に建設された原発だけでは60年代には稼働ゼロになる。そのため新増設や建て替えが必要との意見が自民党内であがるが、政府はなお議論を避け、公明党は原発新設を認めない方針を公約に盛り込んだ。
9月の自民党総裁選では新増設の是非や、原子力政策の根幹にかかわる核燃料サイクルの見直しなど、原発のあり方をオープンに議論しようとする空気も生まれた。自民党の甘利明幹事長が原発の建て替え時に活用すべきだと提案する次世代原発の小型炉は、日本維新の会も研究の強化を衆院選の公約に明記した。
自民、維新以外は、最終的に原発に依存しない社会を目指す政党が多い。ただ、46%の脱炭素目標に向けて、有効な代替策も示さずに脱原発を主張するのは責任感に欠ける。一方で、批判を懸念するあまりに沈黙を続ける今の政府の姿勢のままでは、いつまでたってもエネルギー政策の方向性は見えない。
しかも総事業費が14兆円に上る青森県の核燃料サイクル施設は20年以上も動いていない。廃棄物の最終処分場も決まっていない。原発事故があっただけに、これらの課題を無視したまま推進ばかりを唱えるのでは、国民の理解は得にくい。
世界は化石燃料から再生エネの移行期に入り、原油やガスの価格が高騰するなど変調も見える。電力、エネルギーは産業競争力や国民の暮らしに直結する。価格を抑えつつ安定供給し、どう脱炭素を進めるか。実現が難しい楽観論ばかりが語られる選挙戦では、日本の置かれた厳しい状況からの巻き返し策は講じられない。
(気候変動エディター 塙和也)【日本経済新聞】