森本孝社長をトップとする関西電力の経営陣が正式に発足して、6月で1年がたった。役員らの金品受領問題を受けた緊急登板で「中継ぎ」ともいわれた森本氏だが、長年懸念だった運転開始から40年を超える美浜原発3号機(福井県美浜町)の再稼働を実現。企業風土改革も並行させ、成果を積み上げつつある。ただ、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の候補地選定や脱炭素社会実現に向けた電源開発など、社内外にまたがる課題は多い。
■再稼働に表情ゆるめず
「権勢を極めた八木(誠前会長)さん、岩根(茂樹前社長)さん、森(詳介元会長)さんらはすべてここから消え去った。あなた方も原発推進やそれに必要な隠蔽(いんぺい)を続けるなら2、3年後にはそういう運命になるとご理解いただきたい」
6月25日、大阪市内で開かれた株主総会で壇上の経営陣を痛罵したのは、関電の筆頭株主、大阪市の代理人を務めた河合弘之弁護士だ。脱原発派で知られ、金品受領問題などを糾弾。1提案1分の持ち時間を超過した「独演会」(別の株主)となり、10議案の提案説明で30分以上にわたって自説をぶった。
総会は毎年脱原発を主張する株主が参加し、激しいヤジが飛び交うのがおなじみだ。大阪市長だった橋下徹氏が「経営陣は失格」と糾弾したこともあった。
森本氏は当時から執行役員として壇上にいた経験があるだけに、2度目の議長を務めた今年も河合氏らをなだめすかしながら粛々と進行。大阪市を含む株主提案はすべて否決、取締役選任など会社提案は可決され、大過なくやり遂げた。
総会後の記者会見で、美浜3号機で全国初の40年超原発の再稼働を実現した受け止めを聞かれると、立地地域への感謝を述べた上で、平成16年に11人が死傷した蒸気漏れ事故に言及。「反省と教訓を踏まえ、安全が事業活動の根幹」と慎重に言葉を選ぶように話した。電力業界にとって大きな節目を迎えたといえるが、安堵(あんど)の表情は出すまいと努めているようにも見えた。
■風土改革に手応え
無難、慎重、安全運転…。記者会見などで独自色を押し出さない森本氏に業界内ではこうした見方がある。
それでも株主総会での取締役選任議案で、森本氏への賛成率は議決権ベースで84・3%。数字を公表した平成22年以降で最低だった前年の59・6%を大きく上回った。再稼働にこぎつけた手腕などが評価されたといえる。
森本氏は歴代社長のような平時のプロセスを経て就任したわけではない。八木会長や岩根社長は、原発が立地する福井県高浜町の元助役(故人)からの金品受領が発覚して引責辞任。森本氏は本人も予想しない形で副社長から昇格し、就任会見は謝罪から始まった。
岩根氏の後任人事をめぐっては、世代交代が進むという観測もあった。ただ、社外取締役からなる指名組織は、経験の豊富さ、安定感を重視し、森本氏を選んだとされる。
「変わってきているという手応えがある」。金品問題を調査した第三者委員会から「内向き」「上に意見できない」と指弾された企業風土について、森本氏はこう話す。社長就任後に受け付けるようになった社員からの直通メールにはすべて返信し、現場の中堅・若手社員との対話を積み重ねる。6月には、社内で影響力を持ち続けていると指摘されていた相談役の役職廃止も決めた。
美浜3号機の原子炉起動の直前にも発電所を訪問するなど、現場との対話を重視しているという。
■課題の原発では口重く
慎重な言い回しに終始することが多いが、国のエネルギー戦略になると「30~50年の時間軸で考えないといけない」と語気を強めることもある。
自前の電源を持たない新電力会社が増え、価格攻勢を受けることには「(発電所などの)固定費回収が難しいマーケット構造では、投資しようと決断できる人はいないのではないか」と指摘。「将来の事業性が成り立つか、一定程度予見できる制度設計を検討していただきたい」と国に注文を付けてみせた。
ただ、喫緊の課題である自社の原発の話題となると、口が重くなる。
再稼働を果たした美浜3号機はテロ対策施設の工事が遅れ、10月には停止する。同じく40年超原発の高浜1、2号機(福井県高浜町)でも完成が見通せず、再稼働時期は未定だ。
工事完了のめどを問われると「伝えられる状況が来れば丁寧に説明する」と明言を避けた。全国的な需給逼迫(ひっぱく)が予想されるこの冬に工事が間に合うか見通しは示せていない。
また、福井県外での中間貯蔵施設の候補地選定も同様だ。福井県の杉本達治知事に対して「不退転の決意で取り組む」と強調する一方、有力とされる青森県むつ市の施設について、地元の強い反発を受けて言及さえしなくなった。「刺激を避けたい狙いがある」と業界関係者は解説するが、進捗(しんちょく)に関しては口を閉ざしたままだ。
中長期では2050(令和32)年の温室効果ガス排出量の実質ゼロの目標に向けても、具体的なロードマップは描けていない。
今年の株主総会で正式な発足から2年目を迎え、もはや緊急登板の中継ぎとはいえない。まずは2年後に先送りした中間貯蔵施設の候補地選定にどう道筋をつけるか。森本体制は正念場を迎える。【産経新聞】