「先生は大変な有力者。原子力を動かすには、地元の協力が欠かせない。怒らせてはいけませんから」
大阪府内の自宅で、関西電力の元役員は記者の取材にそう語った。2階を見上げ、「納戸に」と先生から受け取ったという金品の保管先を指さした。先生とは、福井県高浜町の森山栄治元助役(故人)だった。
関電の役員らが森山氏から金品を受け取っていた問題で、これまでに明らかになった受領者は83人、受領額は総額3億7千万円相当にのぼる。
2019年9月末、「原発マネー」を介した電力会社と立地の関係を探る取材が始まった。
原発増設で貢献した助役
関電の高浜原発1号機は石油ショックの翌年、1974年に運転を始めた。それ以前は「主な産業がなく貧しい町だった」と地元業者は言う。2号機が動いた75年、森山氏は収入役になり、77年に助役に就いた。
「時にすごみ、ご機嫌を取る。相手をよく見て対応を変える人物だった」と高浜町議の渡辺孝さん(73)は話す。「関電のドン」と呼ばれた芦原義重元名誉会長(故人)の側近、内藤千百里(ちもり)元副社長(故人)は生前の2014年、朝日新聞の取材にこう評した。「腹を割った話ができるとなれば、とことん信用される」
高浜3、4号機は85年に運転を始めた。その増設に貢献した森山氏は絶大な影響力を及ぼしていく。
料亭で「原発を止めてやる」
森山氏は87年に助役を退いた後、設備、土木建築、警備会社の顧問などとして関電に営業攻勢をかけ、原発関連の工事や業務を求めた。一方で、役員らに商品券などを贈っていった。
大阪、京都、奈良。役員らの自宅を突然訪れては金品を渡し、気に入らないことがあれば怒鳴ったという。元幹部は「先生の家庭訪問」と言って恐れた。
関電の旧若狭支社(現・原子力事業本部)の元役員は証言する。「先生とは料亭で会うことが多かった。それも、頻繁に、けた外れに接待を続けた。その席で強引に仕事を求められた。『原発を止めてやる』と言われたこともある」。過剰とも言える厚遇は「発電所の運営に支障が出るのを避けたい一心だった」。
森山氏と関電の関係は東京電力福島第一原発事故を機に、さらに常軌を逸していく。
原子力事業本部の元役員2人は1億円超相当の金品を受け取っていた。比例するように森山氏の関連会社の受注額は増えていく。関電の元役員は「(福島の事故後)安全対策が相当に必要になって工事費用がどんどん大きくなり、結果として増えた」と釈明した。
森山氏との不透明な関係は自治体も続けてきた。調査の結果、福井県職員ら109人、町職員ら18人が金品のやりとりをしていた。
「原発マネー」の環流を認定
20年3月、関電の第三者委員会は調査結果を発表した。森山氏は原発の仕事を受注した関連会社から報酬などを得ており、役員らが受け取った金品は「原資の一部と評価する方が実態に合う」と原発マネーの環流を認定した。委員長の但木敬一元検事総長は「今後も原発を続けるなら、透明性を大事にしなければ持たない」と述べた。
一連の問題で元役員らは刑事告発された。株主代表訴訟は3月、大阪地裁で初弁論が開かれた。
立地対策に関わっていた元社員は言う。「原発は本質的に危険性があるから、電力会社は『安全』『環境に良い』『経済的に利点がある』と強調する。不都合を隠さないと、原発は造れないし、動かせない」
福島の事故から10年。原発が抱える矛盾は消えていない。
関西電力の金品受領問題をめぐる主な経緯 (肩書は当時)
2019年9月26日 八木誠会長ら役員の金品受領問題が発覚
10月9日 八木会長らが引責辞任
11月21日 福井県職員ら109人の金品受領が判明
12月13日 市民団体が関電役員らを大阪地検に刑事告発
20年3月2日 福井県高浜町の野瀬豊町長や町職員ら18人の金品授受が判明
14日 第三者委員会が関電役員ら75人が計3.6億円相当の金品受領を公表
岩根茂樹社長が引責辞任、森本孝副社長が新社長に
6月16日 関電が元役員らに損害賠償を求め、大阪地裁に提訴
23日 株主が現旧役員らを相手に株主代表訴訟を大阪地裁に提起
10月5日 大阪地検特捜部が元役員らへの告発状を受理。捜査へ
21年3月16日 大阪地裁で株主代表訴訟の第1回口頭弁論
【朝日新聞】