東日本大震災を受け、南海トラフ地震の想定震源域内にある静岡県の浜岡原発が全面停止してから、きょうで10年になる。自然災害の常襲国で原発を運転するリスクを、見つめ直す機会としなければならない。
運転停止は、2011年5月に当時の菅直人首相が巨大地震の切迫性などを理由に要請、中部電力が受け入れた。中電は、津波に備えて標高22メートルの巨大な防波壁を建設、14年に原子力規制委員会に再稼働に向けた審査を申請した。しかし安全対策の前提となる地震の揺れや津波の想定で、規制委の要求に応えられず、審査は進んでいない。
浜岡原発の30キロ圏内の防災重点区域には80万を超える人が住み、東名高速、東海道新幹線も通る。災害で事故が起きれば、円滑な避難は困難で、交通網や産業の被害も甚大だろう。リスクも影響もあまりに大きく、浜岡原発は動かすべきではない。
もともと原発依存率が低い中電は、経営資源を再稼働ではなく再生可能エネルギーの開発などに投入して、脱原発の経営モデルを示してほしい。
地震や火山噴火の予測は、その時点での知見に基づくものだ。地球の長い営みに比べれば人間が経験した災害はわずかで、まして近代的な観測や研究を重ねた期間は限られる。未解明なことが多い学問分野だ。
東日本大震災では、地震学の従来の学説が覆されて防災政策も見直され、南海トラフをはじめ、想定する地震の最大規模が引き上げられた。宮城県の女川原発では過去に3回、想定を超える揺れに見舞われた。浜岡原発でも09年の地震で、揺れを増幅する地質構造があることがわかった。今後の災害や研究の進展で、今は知恵が及ばないリスクも顕在化するはずだ。
巨大噴火のようにリスクの存在が歴史的に分かっていても、備え切れない災害もある。だが事故があれば大打撃を及ぼす原発は、起きる確率が極めて低い災害も考慮する必要がある。
政府は、規制委が安全と判断した原発は稼働を進めていくと繰り返してきた。しかし規制委は審査基準に適合するかどうかを判断するだけで、安全を保証しているわけではない。審査基準も、現時点の科学的知識が元になっていることは言うまでもない。
震災から10年。温室効果ガス削減を理由に、与党や財界では原発活用の声が広がるが、事故の悲劇を忘れてはいまいか。
政府は「国土強靱(きょうじん)化」政策で大災害からの迅速な復旧、復興を掲げるが、災害時の原発は、それを阻む障害になりうる。災害大国のリスクを踏まえ、脱原発へと向かうべきだ。【朝日新聞】