政府は13日、東京電力福島第1原子力発電所の敷地内にたまり続ける処理水を海に放出する方針を決めた。科学的に安全と分析される処理水の海洋放出だが、東電や政府の説明不足が響き、決定までに原発事故から10年間かかった。地元の風評被害への懸念や韓国など近隣国からの反発はなお根強い。
処理水は放射性物質のトリチウム(三重水素)を含む。政府はその濃度を国際基準以下に薄めて流すため、問題はないと説明する。海水で100倍以上に薄めて放射線量を1リットルあたり1500ベクレル未満にする方針だ。
仮に毎日2リットル飲み続けても健康影響が出る水準を十分に下回ることを根拠に決めた国の基準である同6万ベクレルの40分の1の水準となる。
この線量水準は世界的にみても厳しい。世界保健機関(WHO)は飲料水に含まれるトリチウムの濃度の基準を1リットルあたり1万ベクレルまでとしている。今回の海洋放出の水準はその7分の1だ。
トリチウムは宇宙線によっても自然に生じており、濃度が薄ければ無視できる。国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長も13日、日本の処理水の海洋放出について「国際的な慣行に沿ったものだ」と指摘した。
トリチウムは海外でも原発施設で発生し、各国が基準値以下に薄めて海に放出している。
政府は処理水の海洋放出に伴うトリチウム量を年間22兆ベクレルまでにするが、韓国の月城原発は年23兆ベクレル、フランスの再処理工場は年1京3700兆ベクレルを放出する。これらの国でも環境への影響は確認されていない。
それでも政府の方針決定後、中国や韓国、台湾から懸念が相次いだ。中国外務省の報道官は「周辺国家や国際社会と十分な相談もないまま一方的に決めたのは極めて無責任だ」と批判した。
韓国政府は記者会見で「強い遺憾を表明し、国民の安全を最優先とする原則の下、あらゆる必要な措置をとる」と訴えた。台湾当局も「日本政府の決定を残念に思う」と述べた。
中国や台湾、韓国などは東北や関東など一部の都県で生産された食品の輸入をいまも止めている。原発事故後に輸入規制を導入したのは54カ国・地域で、そのうち3割の15カ国・地域で輸入停止や検査証明書の要求といった規制が残る。
日本政府は「輸入規制を講じる科学的根拠はなく、撤廃を要求している」と説明するが、原発事故から10年たった今もなぜ海外の反発が消えないのか。輸入規制を残す国・地域は日本に積極的な情報提供を求めているが、日本政府は海外に向けて十分な情報発信を行ってこなかった。
処理水を巡るこれまでの東電の対応に対する根強い不信感も、地元の風評被害への懸念をくすぶらせる要因だ。
福島第1原発は事故直後から、放射性物質を含む汚染水が海に漏れ出す事例が相次いだ。
13年には汚染水の漏洩を公表するのが1カ月以上遅れ、韓国は水産物を輸入禁止にした。18年には処理水にトリチウム以外で基準値を超える放射性物質が含まれることが明らかになり、再浄化が必要になった。
21年以降も福島第1原発の地震計の不具合や柏崎刈羽原発(新潟県)の核物質防護の不備などの不祥事が相次ぐ。海洋放出に反対する全国漁業協同組合連合会の岸宏会長は7日、東電に関して「安全性担保について極めて強い懸念を抱かざるを得ない」と語った。
処理水の海洋放出は廃炉作業期間の30年程度続く。風評被害を抑えて漁業者らの理解を得ながら処理水の対処を続けるには、国内外の不信感を東電が払拭するとともに、東電の株主である国の説明責任も問われている。【日本経済新聞】