シリーズ「原発事故9年福島第一原発7つの疑問」。
6回目の今回は福島県産の食材についてです。
放射性物質の検査はどのように行われているのか?
これまでの検査結果はどうなっているのか?
福島の食を販売する現場では、どのような取り組みが行われているのか?
気になる疑問にお答えします。
“日本一”の福島のコメ
「福島のコメは日本一」と聞いたらどう思いますか?
「日本穀物検定協会」が毎年行っている、全国のコメの味や香りを評価した格付けで、福島県産のコメは最高評価の「特A」を受けた銘柄の数が、平成30年産から3年続けて全国の都道府県でもっとも多くなっているんです。
しかし「特A」のひとつ会津産のコシヒカリは、原発事故の前は全国平均よりも高い高級米として知られていましたが、現在はほぼ同水準にとどまっています。震災直後から続く「風評」の影響です。
放射性物質の影響はあるのか?
実際、福島の産品にはどれだけ放射性物質の影響が残っているのか。
実施されているコメの「全袋検査」では、国が定める食品の安全基準の1kgあたり100ベクレルを超えたのは2014年(平成26年)が最後。2015年(平成27年)から5年間で、4924万5827点(1月30日時点)を検査していますが、1点も基準超えがないということです。
牛はどうか。こちらは2011年(平成23年)の夏から検査を始め、これまでにおよそ17万7000頭を検査してきましたがことし2月末現在、コメと同じ1kgあたり100ベクレルの基準を超えた牛は1頭もいません。さらにここ2年間は、検査装置で検出できる濃度を下回り、まったく検出されない状態が続いているということです。
大きく変わる検査の形
そうしたことから、この春、原発事故のあと続けられてきた食品の検査に大きな変化がありました。出荷するすべてのコメを対象に放射性物質の濃度を調べていた「全袋検査」から、大部分の地域で「サンプル検査」に移行することになったんです。
そしてもうひとつ。肉用牛についても、すべての牛を対象に行っていた「全頭検査」を、1農家あたり1頭以上調べる「全戸検査」に緩和することになりました。
いずれも長い間積み重ねてきた検査の結果、放射性物質がほとんど検出されなくなったことが理由です。
ただし、コメは原発周辺の12市町村では全袋検査を継続し、牛も繁殖用として育てられていた高齢の牛については全頭検査を継続することにしています。
農家の反応はさまざま
しかし、この春の検査の見直しについては、議論もありました。特に福島県が気にかけてきたのは、消費者の理解を得られるかという点です。
というのも、原発事故でいったん悪化したイメージを回復させていく上で、「検査を行っている」という情報を積極的に発信してきていたため、検査をやめると、再び福島の食品の安全性に疑問を持たれるのではないかという不安があったんです。
実際に生産する農家の声もさまざまです。
福島市松川町で農業法人を経営する佐藤清一さん(70)は、コメの「サンプル検査」への移行に賛成の立場です。
福島市松川町で農業法人を経営 佐藤清一さん
「自信を持って作っているのに検査が必要だということにじくじたる思いがありました。いつまでも検査を続けると、福島産はまだだめなのかと思われてしまうおそれもあると 思います。これまでも安全なコメを届けてきたので消費者も納得してくれるのではないかと思います」。
一方、喜多方市で300頭の肉用牛を飼育する湯浅治さんは、全頭検査は、安全性を証明する重要な要素だったとして、継続を訴えてきました。
喜多方市で肉用牛を飼育 湯浅治さん
「安全性のPRから全頭検査という一項目が取り払われてしまうと、消費者が『福島の牛は大丈夫だと思ったけれど、待てよ』と疑問をもつことになるのではないか。牛肉が福島牛しかなければ皆さんが買うでしょうが、そうでない以上、風評が立っている牛よりもそうでない牛を買った方がいいという心理は、残念ながら変えられない」。
検査方法を変える背景は
そうした意見がある中、なぜ福島県は全数検査を終了を決めたのか。理由の一つが、消費者の意識の変化といいます。
福島県消費者団体連絡協議会が去年、県内の1550人を対象に行ったアンケート(1334人から回答)では、コメの「全袋検査」について、継続を望む人の割合が40%ちょうどで、前の年より6.4ポイント低くなり、初めて調べた平成27年の81.3%の半分以下になりました。
また、肉用牛の全頭検査を終了することについて、県が関東地方の消費者に行ったアンケートでは、全頭検査をしなくても購入するという人が半数を超え、購入しないという人の倍以上になりました。
肉用牛の検査を担当する福島県畜産課の森口克彦課長は、検査態勢が変わるからこそ、より一層安全性のPRに力を入れたいとしています。
福島県畜産課 森口克彦課長
「検査の形を変えても福島県産牛を購入するという答えを応援と感じながら、餌や水の管理など安全性の確保を一層徹底していきたいと 思います。一方で、全頭検査を継続した方がいいという意見も 50%弱あり、我々のやっている取り組みをしっかりと情報発信していく考えです」
福島の魚介類は
とはいっても、風評は簡単に解決できる問題ではなさそうです。深刻なのが海産物です。福島県沖の漁業は、原発事故の影響で、一時全面的に自粛されましたが、そのよくとしから安全性が確認された魚種や海域で試験的に行われてきました。
福島県が行った放射性物質の検査では、平成27年度以降、国の基準の1キログラムあたり100ベクレルを越えたものはありません。去年は5970の検体のうち、99.8%が検出装置で検出できる限界の値を下回ったということです。
県とは別に行われている福島県漁連の調査では、平成27年度以降、基準を超えたのは去年(2019)1月のエイの仲間の「コモンカスベ」1件のみでした。
このコモンカスベも福島県沖の魚介類では唯一、国の出荷制限が続いていましたが、先月(2月)25日にようやく解除され、原発事故後初めて、全ての魚介類が出荷できるようになりました。
こうした安全性の確認が進む一方で、去年(2019)の水揚げ量は震災前の14%ほどと伸び悩んだままです。
その理由はなんなのか。NHKと東京大学などが去年実施したアンケート結果から「流通業者」が鍵のひとつになっていることがわかってきました。
福島県内のほか東京・大阪・名古屋・仙台の水産関係の流通業者871社にアンケートを実施。全体の20%にあたる178社から回答を得ました。
このうち、「福島県産の海産物を購入したくないと思っている消費者がどれくらいいると思うか」尋ねたところ、この質問に答えた140社のうち半数以上の76社が「50%以上いる」と回答しました。
一方、東京大学が別途、消費者を対象に行ったアンケートでは、「購入したくない」は13.9%という結果に。専門家は、流通業者が福島県産を避ける人の割合を実際より多く見積もっている可能性があると指摘しています。
アンケートを行った関谷直也准教授は、「不安を感じている消費者の数について、非常に大きな誤解が生じていると思う。買い支えてくれる人ができてきたんだということを流通業者の中で共通了解にすることが重要なのではないか」と述べ、業者に対しても検査態勢などを周知する必要があると指摘しました。
流通での取り組み
こうした流通の壁に対して、福島県などはネット通販など大手流通市場を介さない新たな販売ルートの構築に乗り出しています。
飲食店がインターネットを通じて鮮魚などを購入することができる「魚ポチ」というサイト。去年7月から福島県産の魚介類の取り扱いが始まり、このサイトを利用する首都圏の飲食店で、福島産の魚介類を使ったメニューを提供するフェアも行われました。
豊洲など大手流通市場の卸売や仲卸の業者を通さずに取り引きできることが特徴で、サイトを運営する会社によりますと、先月(2月)末までにヒラメやメヒカリ、ホッキ貝など7トンあまりが取り引きされ売り上げは好調だということです。
「魚ポチ」に福島県の魚を卸している相馬市の仲買業者、飯塚哲生さんは、次のように話しています。
相馬市の仲買業者 飯塚哲生さん
「風評関係なく、全国的に既存の流通市場のパワーが弱まっている一方、インターネット通販などで産地からいいものを取り寄せるようとする感度の高い消費者も増えている。今はまだ市場と比べて細いパイプで、9対1くらいの比率だが、少しずつ新たな販路の割合も増やしていきたい」。
また、県では、消費者に直接、福島県産の魚介類のおいしさや安全性をPRしようとイオンと連携して首都圏の10店舗で福島県産の魚を専門に扱う売り場を設置する取り組みを行っています。
売り場には、研修を受けた専門のスタッフを常駐させ、安全性やおいしい食べ方を直接、説明します。こうした売り場の売り上げは、昨年度(2018)に比べ、今年度は1割ほど伸びていて、好調だということです。
福島県は、消費者が着実に購入している実態をアピールすることで、流通業者の取り扱い量の増加につなげたいとしています。
福島県水産課 齋藤健課長
「流通業者が風評を心配して、川上になるほど買ってくれない傾向もあり、従来の流通の流れを回復するのは大変です。首都圏の大手量販店で福島の魚を毎日販売してもらうことで、消費者に安全性やおいしさを身近に感じてもらいたい」。
福島の豊かな食材。どんな風評にも左右されず、消費者の手元に届くようになるのはいつになるのか。「風評」に惑わされない私たち全員の意識と行動が問われているとも言えます。
【NHK】