原子力規制委員会が東京電力福島第1原子力発電所事故の調査を約5年ぶりに再開する。更田豊志委員長が重視するのは、事故前の安全対策の検証だ。緊急時に使う設備が事前の準備不足で機能しなかった疑いがある。事故現場の痕跡を分析し、今後の安全規制に生かす。
事故に伴う放射線量の高さから、原因の詳しい調査は2014年から休止していた。放射線量が下がり、ようやく原子炉建屋に入れるようになった。近く事故分析に関する検討会を再開する。
メンバーには原発の構造に詳しい外部有識者や、原子力規制庁の職員に加えて、更田委員長も名を連ねる。検討会に委員長が入るのは異例だ。更田委員長には事故時の安全対策を検証することが「今後の安全対策を考えるうえで重要な教訓を与える」との強い思いがある。
福島第1原発は11年の東日本大震災に伴う津波の影響で原子炉を十分に冷却できなくなり、1~3号機が炉心溶融(メルトダウン)を起こした。
14年10月にまとめた報告書では、事故の拡大につながった電源喪失について「津波による浸水が原因」との見解を示した。電源喪失と津波による浸水の時刻は一致するなどと指摘し、地震の揺れが関与していたとする一部の見方を否定した。
ただ、当時は放射線量が高くて建屋内の調査ができなかった。なお残る疑問の1つが、2号機で原子炉内部の圧力を下げるベントがなぜうまく働かなかったのかだ。
2号機は1~3号機のなかで、最も多くの放射性物質が外部に漏れ出たとされる。格納容器内の水を通って、放射性物質が減った気体を放出するベントができなかったためだと東電は推定する。
ベントができなかったのは、一定の圧力で自然に破れる配管内の板が破れなかったとの見方がある。設定圧力が高すぎた疑いがあるが、更田委員長は「ベントを減圧、冷却手段として期待していたのだったら、そんなに設定圧力を高くするはずがない」との疑問を持っている。
ベント設備は1992年に国が過酷事故対策をまとめたことから電力会社側が自主的に設置した。調査の焦点となるのは「本当に狙ったような意図の施工がされていたかどうか疑問がいくつもある」(更田委員長)。
最初に炉心溶融と水素爆発を起こした1号機では、非常時に原子炉を冷却する装置「非常用復水器(IC)」が停止していることに気づかなかったことが問題となった。
発電所員らが復水器の仕組みや使い方を十分に理解していなかった可能性がある。福島第1原発所長だった吉田昌郎氏(故人)も政府のヒアリングに対し、理解不足との認識を示している。
規制委は現場に残る復水器の状態を確認しつつ、同じ設備を持つ日本原電敦賀原発1号機(福井県)とも比較しながら、東電が所員にどのような教育をしていたのかなどソフト面の対策が十分だったかも調べる。
規制委は検討会での議論を踏まえて20年に報告書をまとめる予定だ。今後の規制に反映すべき点があれば対応する。
ただ、今回はまだ原子炉格納容器内は立ち入ることはできず、炉心溶融の詳細な経緯など真相究明は21年以降も続く見通しだ。
【日本経済新聞】