福島・原発避難自殺訴訟判決 (要旨) --------------------------------------------------------------------------- 平成24年(ワ)第102号損害賠償請求事件 判決要旨           平成26年8月26日 福島地方裁判所第一民事部 第1 当事者 1 原告  渡邉幹夫、渡邉憲一、鴫原宏明、菅野和加子 2 被告  東京電力株式会社 第2 事案の概要 1 本件は、渡辺はま子(以下「はま子」という。)の相続人である原告らが、福島県伊達郡川俣町山木屋地区に居住していたはま子が、平成23年3月11日に被告が設置、運転する福島第一原発において発生した放射性物質の放出事故により避難を余儀なくされたこと等が原因となって同年7月1日に自死するに至ったと主張し、被告に対し、原子力損害の賠償に関する法律(以下「原陪法」という。)3条1項本文(選択的に民法709条ないし711条)に基づき、損害賠償を請求した事案である。 2 請求額 原告らの請求額は、別紙1 (請求額一覧表)に記載のとおりの損害額及びこれらの損害額 iこ対する損害発生の日(はま子が苑亡した日)かも支払済みまでの民法所定年5分の都合による遅延損害金である。 3 認容額 当裁判訴が認容した金額は別紙2(認容額一覧表〉のとおりの損害額及びこれ らの損害額に対する損害発生の日(はま子が死亡した日)から支払済みまでの民法所定年5 分の割合による遅延損害金である。 第3 争点 1 本件事故とはま子の自死との間の因果関係 2 Iまま子の心因的要因を理由とする損害額減額の可否及び割合 3 はま子及び探告らの損害額 第4 争点についての判断 1 争点 1 (本件事故とはま子の自死との間の因果関係)  (1)因果関係の有無を判断する枠組 自死は単一の原因により生じるのではなく、環境因、精神障害、性格傾向等の 様々な原因によって自死につながる準備状態が形成され、何らかの出来事が引き金になって生ずるものとされる。したがって、本件事故とはま子の自死との間の因果関係の有無を判断するに当たっては、はま子の自死につながる準備状態がいかなる原因で形成されたか、その準備状態を形成した諸原因の中で、本件事故がどの程度の重きをなすものであったかを検討し、評価する必要がある。   (2) はま子が自死した際にうつ病に罹患していたか否か 自死当時、はま子がうつ病に罹患していたことを認めるに足りる的確な証拠はない。 しかし、遅くとも、はま子が山木屋から福島市内のアパートに避難した平成 2 3年 6 月12日以降、はま子はうつ病を発症していた蓋然性が高いとみても矛盾のない精神状態(以下「本件うつ状態」という)に至っていたと認められる。 うつ病は、自死につながる準備状態の形成との関連性が強く、統計的にも自死に至る大きな原因とされているから.「本件うつ状態」は、はま子の自死につながる準備状態を形成した大きな原因をなしているものと認められる。  (3)はま子が「本件うつ状態」に至ったことと本件事故との間の因果関係  ア 判断方法  今日の精神医学、心理学における「ストレス-脆弱性」理論を踏まえて、はま子を「本件うつ状態」に陥らせた様々なストレス要因とその強度及びはま子の個体側の脆弱性に係る事情並びにその両者の相関関係という観点から検討する。  その際には、ストレスの強度を客観的に評価するため、労災認定実務においてストレスの強度を判定する際に用いられている評価表(以下「ストレス強度評価」という。)を参照する。強度Iは、日常的に経験する心理社会的ストレスで、一般的に問題とならない程度のストレス、強度Ⅲは、人生の中でまれに経験するような強い心理社会的ストレス、強度Ⅱは、強度IとⅢの中間に位置する心理社会的ストレスとされる。  イ 避難によるストレスに関する一般論  平成3年の雲仙・普賢岳噴火災害の避難住民や本件地震及び本件事故による避難住民についての調査結果によると、一般に災害は特に避難者に対して大きなストレスを与えるものであり、そのストレスは、精神疾患を発症させる可能性を有する程度の大きさであるということができる。  ウ はま子が山木屋での生活をし得なくなったことによるストレス  (ア)はま子は、山木屋地区三道平に生まれ、本件事故のために避難するまで約58年にわたり山木屋で生活してきた。そして、はま子は、同じ三通平で生まれ育った原告幹夫と結婚し、山木屋で3人の子どもを産んで育てあげ、平成12年には自宅を新築し、そこで家族の共同生活を成していた。原告憲一及び原告宏明も人生の大半を山木屋や自宅において過ごしており、原告和加子は高校卒業後に山木屋を離れているものの、はま子らとの交流は続いていた。また、はま子は、自宅において近隣の住民らを招いてカラオケ大会を開いたり、野菜を融通しあうなどしていた。  はま子にとって山木屋や自宅は、単に生まれ育った場や生活の場としての意味だけでなく、家族としての共同体をつくり上げ、家族の基盤をつく り、はま子自身が最も平穏に生活をすることができる場所であり、密接な地域社会とのつながりを形成する場所でもあったということができる。  (イ)本件事故により、山木屋地区の空間放射線量率は平時の数十倍に上り、その影響が長期間続くことが懸念された。そのため、政府は、山木屋地区の農地への作付けを制限するなどの対策をとり、山木屋地区を計画的避難区域として設定した。計画的避難区域の設定により、住民は区域外への避難を余儀なくされる結果、避難指示が解除されるまで、事実上、区域内に有していた家屋等の不動産を使用、収益、処分すること、そこで生活をし、仕事をすることなども不可能又は困難となった。また、原告幹夫及びはま子は、本件事故により山木屋地区が計画的避難区域として設定されたことにより、それまで同居していた原告憲一及び原告宏明との別居を余儀なくされた。  これらの事情及び後記オのとおり、山木屋地区への帰還の見通しが持てない状況にあったことに照らすと、はま子は、本件事故により山木屋地区が計画的避難区域に設定されたことによって、山木屋や自宅で生活し続けることができなくなり、家族形成の基盤でありまた地域住民とのつながりの場としての自宅、自宅での家族の共同生活、地域住民とのつながり等、生活の基盤ともいうべきもの全てを相当期間にわたって失ったと認められる。  (ウ)はま子が生活の基盤ともいうべきもの全てを相当期間にわたって失ったことは、財産そのものを喪失したものではないが、家族や地域住民とのつながりをも失ったという点で大きな喪失感をもたらすものであり、ストレス強度評価における「多額の財産を損失した又は突然大きな支出があった」(強度Ⅲ)「家族が増えた又は減った(子どもが独立して家を離れた)」(強度I)場合と同等かそれ以上のストレスを与えたものであり、そのストレスは非常に強いものであったと認められる。  エ はま子が山木屋において有していた仕事を失ったことによるストレス  はま子は、原告幹夫と同じ八木農場(養鶏場)において稼働していたところ、本件事故により山木屋地区が計画的避難区域に設定されたために八木農場は閉鎖を強いられ、はま子及び原告幹夫は八木農場での仕事を失った。  はま子は、自己の意思にも自己の責任にも基づかずに、全く予期せずに仕事を失ったという点で、ストレス強度評価における「退職を強要された」(強度Ⅲ)と同等かそれ以上の強いストレスを受けたと認めることが相当である。  オ 山木屋地区への帰還の見通しが持てないことによるストレス  山木屋地区が計画的避難区域に設定されるに際し、帰還時期については明言されなかった。セシウム137の半減期は約30年に及び、山木屋地区の住民は、避難後にいつ帰還できるかの見通しは持てない状況にあったと認められる。  このような状況で避難を強いられた者が抱くストレスは、ストレス強度評価にいう「天災や火災などにあった又は犯罪に巻き込まれた」(強度Ⅲ)ことによるストレスと同程度かそれ以上のストレスといえ、はま子は強いストレスを受けたものと認めることが相当である。  キ 避難先の住環境の違いによるストレス  はま子が避難前に居住していた山木屋地区三道平は、12軒の家があるのみの極めて小規模の集落であり、最も近い隣家までも相当の距離があり、隣人の息づかいを全く意識せずに生活できる住環境であった。これに対して、避難先の福島市内のアパートは、隣人と壁一枚を隔てて接する集合住宅であり、このような住環境の激変は、はま子にとって相当のストレスになったと認められる。  ケ 「本件うつ状態」の原因が本件事故にあるか  平成23年4月22日に山木崖地区が計画的避難区域に設定されて以降、はま子は、本件事故に起因する様々な事象により、複数の強いストレスを受け続けていた。これらのストレス要因は、どれ一つをとっても一般人に対して強いストレスを生じさせると客観的に評価できるものである上、日常生活において経験することも滅多にないまれな出来事であるといえ、はま子自身も本件事故前には全く予期していなかったものと推認される。予期せずに、そのような強いストレスを生む要因たり得る出来事に、短期間に次々と遭遇することを余儀なくされることは、健康状態に異常のない通常人にとっても過酷な経験となるであろうことは容易に推認できる。  他方、本件事故前のはま子が、一般的に見て比較的ストレスの少ない環境で生活していたにもかかわらず、心身症に基づく身体症状が長期にわたり継続していたことからすると、はま子は、ストレスに対する耐性において、一般人に通常想定される個体差の範囲を超えた脆弱性を有していたものと推記される。そのような脆弱性を有するはま子が、予期せずに、上記のような強いストレスを生む要因たり得る出来事に、短期間に次々と遭遇することを余儀なくされたことは、はま子にとって極めて過酷な経験であって、はま子に耐え難い精神的負担を強いたものと推認するのが相当である。  以上の認定判断を総合すれば、本件事故に基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因たり得る出来事に、予期なく、かつ短期間に次々と遭遇することを余儀なされたことが、元々ストレスに対する耐性の弱いはま子に耐え難い精神的負担を強いて、はま子を「本件うつ状態」に至らしめたものと認めるのが相当である。  (4)はま子の自死と本件事故との間の因果関係に関する総合的検討  ア はま子の自死につながる準備状態は、まず、本件事故に基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因となる複数の出来事がはま子の周囲に短期間に次々と発生し、元々ストレスに対する耐性の弱いはま子が、これらの出来事に予期無く遭遇することを余儀なくされたこと、次に、このような極めて苛酷な経験がはま子に耐え難い精神的負担を強いて、はま子を「本件うつ状態」に至らしめたことによって形成されたものと認めるのが相当である。そして、自宅への一時帰宅が終わり、本件アパートでの生活の再開が迫っていたことが直接の契機になって、はま子は自死したものと認められる。  イ 以上の認定判断を踏まえれば、本件事故に基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因となる複数の出来事がはま子にもたらした種々の強いストレスが、はま子を「本件うつ状態」に至らしめたものであり、その原因となったストレス要因自体が、はま子の自死に至る準備状態の形成に大きく寄与したと評価することができる。元々はま子が有していたストレスに対する耐性の弱さは、はま子の受けたストレスの強度をさらに増幅する効果をもたらしたに過ぎない。そして、うつ病と自死との間に強い関連性が認められていることも考え併せれば、そのようにして形成された準備状態が、上記のきっかけにより、はま子を自死の実行に及ばせたと認めるのが相当である。  ウ 被告は、原子力発電所が仮に事故を起こせば、核燃料物質等が広範囲に飛散し、当該地域の居住者が避難を余儀なくされる可能性があることを予見することが可能であった。そして、避難者が様々なストレスを受け、その中にはうつ病をはじめとする精神障害を発病する者、さらには自死に至る者が出現するであろうことについても、予見することが可能であったというべきである。  エ 小括  したがって、はま子の自死と本件事故との間には、相当因果関係があると認めることが相当である。 2 争点 2(はま子の心因的要因を理由とする損害額減額の可否及び割合)  (1) 身体に対する加害行為と発生した損害との間に祖当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは,損害を公平に分担させるという損害賠懐法の理念!こ照らし裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722 条2 条の過失相殺の規定を類推適用して,その損害の拡大に寄与した被害者の上記事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。  (2) そこで、本件事故に基づくはま子の自死という結果が,本件事故のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものでおって,かつ,損害の拡大にはま子の心因的要因が寄与しているのか否かについて検討する。  ア はま子の弱死という結果は、本件事故に基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因となる複数の出来事が、はま子の自死に至る準備状態を形成するとともに,はま子に種々の強いストレスを与えてはま子を「本件うつ状態」に至らしめ,自宅への一時帰宅の終了切迫をきっかけに、はま子を自死の実行に及ぼせた結果、生じたものである。 そして、はま子に種々の強いストレスを与える原因となったストレス要因の一つ一つが、それ自体、はま子の自死に至る準備状態の形成に大きく寄与したと評価できる。  イ 他方、はま子は,一般人に通常想定される個体差の範囲を超えた疾患として心身症の既往症を有し、それがはま子の有する個体側の脆弱性とみるべきこと,その脆弱性は、はま子の自死との関係においては、ストレスに対する耐性の弱さとして発現し、上記アのストレス要因によってはま子が受けたストレスの強度を更に増幅する効果をもたらした。 そして,各種調査・研究結果によれば,本件事故による多くの避難者が避難 による様々なストレスを抱えながらも、自死に至っていない避難者が多数を 占めていることもまた事棄であるから,本件事故に基づくはま子の自死とい う結果が,本件事故のみによって連常発生する結果を超えているという客観 的評価は避けられない。  ウ もっとも,本件事故後、はま子が遭遇したストレス要因は.どれ一つをとってみても一般人!こ対して強いストレスを生じさせると客観的に評価できるものであった上に,予期せずに,そのような強いストレスを生む要因たり得る出来事に,短期間に次々と遭遇することを余儀なくされることは,健康状態に異常のない通常人にとっても過酷な経験となるであろうことが認められる。 特に,告らが生まれ育ち. 58 年間余にわたって居住し、その間,小さいながらも密接な地域性民とのつながりを持ち,そこで家族を形成し、その家族の安住の地となった山木屋の地に安住し続けたいと願い,そこで農作物や花を育て、働き続けることを頼っていたはま子にとって,このような生活の場を自らの意思によらずに突如失い、終期の見えない避難生活を余議なくされたことによるストレスは、耐え難いもめであったことが推認される。そうであれば,上記イのはま子的有する個体側の脆弱性を適切に斟酌しても、本件事故に基づいて生じた一般的に強いストレスを生む要因が,はま子の自死に至る準備状態の形成に寄与した割合は8 割(はま子の心因的要因を理由とする減殺割合は2割)と認めるのが相当である。 3 争点3(はま子及び原告らの損害額) 上記認定判断のとおり,はま子が本件事故による避難生活によって受けた肉体的,精神的ストレスは、相当に大きな負担であったことが推認されること,特に、はま子は、全く予期し得ない本件事故に伴う避難とより,生まれ育った山木屋での生活を失い、山木屋での仕事も失い,帰還の見通しが立たない不安や,将来の自宅の住宅ローンの不安を抱えつつ、慣れないアパートでの避難生活を強いられたものであり,このような避難生活の最期に、はま子が山木屋の自宅に婦宅した際に感じたであろう展望の見えない避難生活へ戻らなければなない絶望、そして58 年余の間生まれ育った地で自ら死を選択することとした精神的苦痛は,容易に想像し難く,極めて大きなものであったことが推認できることを斟酌すれば、はま子が被った精神的苦痛に対する慰謝料は2200万円と認めるのが相当である。 その余の損害については. 別紙2 (認容額一覧表)のとおりと認めるのが相当である。 以上 (別紙省略)