複数の道路整備/徹底した情報伝達
能登半島地震では、志賀原発(石川県志賀町)の重大事故時に避難経路となる道路が至る所で寸断、30キロ圏内で集落の孤立も相次ぎ、地震や津波と原発事故が重なる複合災害が起きた際、従来の避難計画の実効性が大きく揺らいでいる。東京女子大の広瀬弘忠名誉教授(災害リスク学)は、刻一刻と変わる災害の状況に対し、臨機応変に避難指示を出す仕組みの構築が必要だと指摘。確実に逃げられる避難道路も整備すべきだと訴える。莫大(ばくだい)なコストがかかるが、こうした住民避難が担保できる態勢ができない限り、再稼働するべきではないと力説する。(聞き手・伊東浩一)
-能登半島地震では、志賀原発の事故時に避難ルートとなる道路が寸断し、孤立集落も続出した。
もし、過酷な原発事故が起こったら避難できなかった。あれだけ道路に通行止めや土砂崩れがあり、津波、家屋の倒壊などさまざまな複合災害に見舞われた。県道や国道、高速を使って避難するというシナリオ(自治体の避難計画)があるが、車は通れず、船も津波でがれきが堆積するなどして接岸できなかった。通常の原発事故の避難想定ではまず不可能だということを受け入れなければいけない。しかも18カ所の放射線監視装置(モニタリングポスト)に通信障害が起こり、どこで何が起こったかが正確に把握ができなかった。周辺住民が放射能から身を守る行動が取れず孤立無援になっていただろう。
-今回の地震では、能登半島の付け根にある志賀原発で重大事故が起きた場合、半島の奥にいる人たちが逃げ場を失うという課題も浮き彫りにした。
もし、放射能の影響が30キロ圏に及んでいたら、志賀原発より北側の人たちは原発付近の道路を通ることができず、避難できなかった。石川県はヘリコプターによる避難も想定するが、地震で着陸できるか分からないし、気象状況もある。一度に運べる人数も限られる。志賀原発に限らず、半島の付け根に原発が立地することの脆弱(ぜいじゃく)性が明確になった。
-志賀町の避難計画では自家用車、バス、海上あらゆる手段で逃げると記されるなど、各自治体の避難計画は漠然としている。
原子力規制委員会の指針では5キロ圏が最初に逃げ、30キロ圏は自宅などに待機し、放射線量が高い地域から避難する「多段階避難」をすることになっているが、(陸路や海路が断たれ、家屋は倒壊して)実際にはできない。自治体の避難計画も大ざっぱなことしか書いていない。避難ルートが通れない時にはこのルートを通るとか、この手段を使うとか、全体状況を把握して臨機応変に指示を与える司令塔機能がない。確実な情報伝達の手段もない。原発で何が起こったのか、どう行動するべきかという徹底した情報開示と、すべての人に情報を届ける仕組みが必要だ。
加えて、確実な避難道路を新設する必要がある。高速を使うにしても高速が寸断したらどうするのか。複数の避難道路を整備するべきだ。特に海岸沿いの道は、原発からなかなか遠ざかることができないので、海岸道路を横断できる道を造る必要がある。膨大なコストがかかるが、確実に避難できる態勢が整わないのであれば、原発はやめるべきだ。逆に言えば、そこまでのコストをかけてまで原発をやるのかということだ。
-そうした視点で言えば、水戸地裁が2021年、避難計画の不備を理由に東海第2原発の運転を認めない判決を出した。
水戸地裁の差し止め判決は画期的だと思う。東海第2は30キロ圏の人口が多く、原発事故が起こったら、大きな被害があるだろうから、スムーズに避難できる仕組みがない限り、差し止める判断は妥当だと思う。
-原発稼働の可否判断に当たっては、日米間で避難への重きの置き方にかなり違いがあるとか。
米国は原発を造る際、避難できるかが重要な要素。避難できないと認定されれば、原発は立地できない。現にニューヨーク州に完成したショアハム原発は稼働寸前に廃炉になった。一方、日本では避難計画は規制委の審査対象外。審査対象に組み込むべきだ。だが、そうなれば、日本の大半の原発は不適合になるだろう。
<ひろせ・ひろただ> 東京生まれ。東京大文学部心理学科卒。東京女子大文理学部助教授などを経て1983年、同教授。96~99年には京都大防災研究所巨大災害研究センター客員教授も務めた。2011年、東京女子大を定年退職し、名誉教授。専門は災害リスク学。
<志賀原発周辺の交通障害と集落孤立> 能登半島地震では、石川県が志賀原発の重大事故時に避難ルートとしている国道や県道計11路線のうち、7路線で通行止めが発生。原発から30キロ圏内にある輪島市と穴水町では1月8日時点で、8集落435人が道路の寸断で孤立状態になった。【中日新聞】