1.原発及びその周辺で発生したこと
・今回の震源域は東西150kmに及び、96kmという想定範囲を超えて活動した。原発周辺に多くの断層が走っており、隣接する断層が連動して動いたとみられる。数千年に一度という大規模の地震だったと指摘する専門家もいる。
・原発前の海面で、津波の影響により最大3mの水位上昇が確認された。地盤の隆起も確認され、敷地周辺では最大35cmの段差が生じた。志賀原発に近い輪島市などでは4mの隆起も見られた。
・地震の強さを示す加速度(基準地震動)は、原子炉建屋の基礎部分で1号機957ガル、2号機で871ガルと、設計上の想定を上回った。
・気象庁の観測によれば、同原発近くの志賀町香能で2826ガルを記録した。東日本大震災の際に宮城県栗原市で観測した2934ガルに匹敵するレベルだった。少し震源がずれれば、原発敷地内で香能と同じ規模の地震動が発生した可能性がある。
・今回の地震で同原発では1、2号機の変圧器配管が破損し、変圧器からの油漏れが約2万L。一部は海に流出した。同原発が発電していたら、かなりの確率で火災に至り、大惨事になったと考えられる。外部電源のうち2回線が使えなくなった。北陸電力によれば、回復までに半年以上かかるという。
・使用済み燃料プールは、地震の揺れで冷却水が建屋内にあふれ出て、1号機では一時冷却ができなくなった。原発の敷地内で複数の地割れや段差ができている。
・放射線量を測る周辺のモニタリングポストは、18カ所が測定不能となった。実測値が分からなければ、自治体は避難などの指示を出せない。
2.志賀原発で事故が起きたら、避難できるのか
・「志賀町原子力災害避難計画」によれば、原発で事故が起きた場合、原発から5km以内では即時避難、5kmから30kmは屋内退避が原則。避難手段は、自家用車、自衛隊車両、町などが所有する車両など。自家用車で避難できない人はバス等を利用する。避難ルートは国道、県道などの幹線道路とする、としていた。
・今回の地震では、避難ルートとされる「のと里山海道」をはじめ広範囲で土砂崩れ、亀裂、陥没、隆起などが起こり、道路は寸断され、港も被害を受け、長期間孤立した地域も発生し、避難ルートに定められた国道や県道11路線のうち過半数の7路線が、通行止めとなった。
・即時避難の地域では、通行止めにより避難はほぼ不可能。家屋倒壊などで屋内退避も困難。木造家屋が多く、放射能を防ぐ気密性はない。家屋が倒壊すればそのまま被曝してしまう。自治体からのヨウ素剤や生活必需品などの支援物資の配布も困難になる。
・今回の地震では水道管破裂や停電が相次いだ。そこに原子力災害が発生すると、単一の自治体が対処できるレベルをはるかに超えてしまう。原発事故が地震や津波によって引き起こされる複合災害になると、どの自治体も人員、物資ともに不足し、対応できなくなる。町が定めた避難計画は机上の空論、絵空事だったことが証明された。
・同町の稲岡健太郎町長は、就任後1週間で震災に遭遇した。記者会見で「海にも空にも逃げられない。これまで行ってきた避難訓練は現実的ではなかった。北陸電力は再稼働を目指すとのことだが、首長としては以前のように安全性をアピールすることは難しい」と語っている。
・原子力規制委員会は、1月17日の委員会で原子力災害対策指針を見直す方針を決めた。委員会では「屋内退避がそもそも成立するのか。孤立対策にどう対応するのか」という意見が出された。
3.能登半島地震から学ぶことと今後の対応
・今回の地震で自然現象は人知を超えることが証明され、北陸電力及び原子力規制委員会の想定を超えた(想定外の)地震が発生した。今回は、同原発は運転停止中だったので大事には至らなかった。しかし、志賀原発だけに限っても「想定外」の事象がいくつも生じており、もし再稼働していたら想像もできない大惨事になっていたと考えられる。原発周辺のすべての断層を正確に把握し、それに見合った耐震設計をすることはまず不可能である。
・今回の地震で、新潟県柏崎刈羽原発が危ないと言われている。能登半島と同じように、半島半ばに位置する愛媛県伊方原発や宮城県女川原発も、万一事故が起きたら、交通が遮断され、周辺の住民は逃げられなくなる。
・地震大国と言われる日本では、地震学の専門家も発言しているように、いつどこで、どの程度の地震が起きるのか、予測(想定)できないのだ。私が住んでいるこの近くには東海第二原発があるが、福井県にも多くの原発がある。被害の大きさを考えると、原発に「想定外」は許せるのか。福島の事故から13年になろうとしているのに未だに緊急避難宣言が解除されていない。そして2万人以上の人々が避難生活を送っている。
福島での事故を想起すれば、志賀原発の行く末は自ずと見えてくるのではなかろうか。
(客員編集委員 先﨑千尋)
ヘッダー石原バイオ:ランマンフロアブルSP
農家による大規模なトラクターデモ(ドイツ農業者同盟のホームページより)農家による大規模なトラクターデモ(ドイツ農業者同盟のホームページより)
ドイツでは2024年の新年早々、連邦政府の農業補助金の削減計画に抗議する農業関係者の大規模なトラクターデモが、首都ベルリン中心部をはじめ多くの都市の主要道路を封鎖し、全国で蜂の巣をつついたような騒ぎになった。1月15日には全国で1万人が5000台のトラクターデモを決行したからである。
社会民主党を中心とする連立与党3党のシュルツ政権は、2024年度予算で「農業生産者向けのディーゼル燃料補助の打ち切り」をめざしたものの、農業者の反発が強いと判断して、補助金の打ち切りではなく、今年は40%、来年さらに30%縮小したうえで、26年に終了する方針を打ち出した。これに対して、段階的であっても補助金打ち切りはけしからんとする大抗議運動が、昨年12月に始まり、新年1月8日からは1週間にわたって、ドイツ最大の農業者団体「ドイツ農業者同盟」(DBV)などが呼び掛けての全国でのトラクター抗議デモになったのである。
農用ディーゼル燃料の補助金
このディーゼル燃料補助とは、一般ディーゼル燃料にかかる税が1リットル47セント(1ユーロを160円とすると75円)であるのを、農用については21・5セント減税し、25・5セント(41円)とするものである。ちなみに、この農用ディーゼル燃料税の減税は、わが国の農用軽油引取税(1リットル当たり32・1円)の免税に相当する。
ドイツを含むEU諸国の国内農業者にたいする補助金は、EUの共通農業政策(CAP)財政からの直接支払いが中心である。ドイツの農業者がこのCAP財政から受け取る直接支払いは年間約430億ユーロ(2兆6900億円)にのぼる。これに対して、ドイツ政府の国内農業者にたいする補助金は2024年で総額23億6000万ユーロ(3780億円)である。このうち減税分が9億2500万ユーロ(39・2%)を占め、農用輸送自動車税の減税が4億8500万ユーロ、農用ディーゼル燃料税の減税には4億4000万ユーロ(704億円)が予算化されている。農用ディーゼル燃料減税が政府からの補助金に占める割合は18・6%を占め、けっして小さくない。なお、シュルツ政権は2024年度予算では、前者の農用輸送自動車税の減税については継続するとしている。
この農用ディーゼル燃料減税は農業経営平均では年間約3000ユーロとされている。専業経営のCAPの直接支払いなど補助金を含めての平均純収益は5万5000ユーロ(880万円)、小規模経営では2万5000ユーロ(400万円)にすぎないので、農用ディーゼル燃料減税が打ち切られることの経営への打撃は大変大きいのである。農業者がまなじりを決して抗議運動に立ち上がったことがよくわかる。
なお、この「ドイツ農業者同盟」を中心とする農用ディーゼル燃料減税打ち切り反対に対しては、非主流の農業者団体を代表する「農民が主体の農業のための行動連盟」(AbL)が、以下のような対案を提示しているので紹介する。
「温室効果ガスの削減目標を実現していくうえで、ディーゼル燃料の使用を減らしていくことは避けがたい。AbLは政府の段階的減税の縮小を支持する。しかしコスト面で不利になることが多い年間使用量が1万リットル未満の中小農民経営については、再生可能燃料の導入が可能になるであろう2028年までは減税を継続すべきである」
農家による大規模なトラクターデモ
最低賃金の引き上げは労働者が闘いとる
ドイツの法定最低賃金は、2024年1月から12・41ユーロ(1986円)、25年1月からは12・82ユーロ(2051円)に引き上げられる。しかしこの0・41ユーロ、すなわち3・3%の引き上げでは、現在のインフレ率(22年では6・9%、23年では6%)を吸収できず、困窮者が増えると危惧されている。ドイツ最低賃金委員会で労働組合側を代表するドイツ労働総同盟(DGB)は声明で、最低限の労働者保護を確保し、インフレ上昇分を補う最低賃金を13・50ユーロ(2160円)に引き上げるべきだと主張している。
これは、EUの最低賃金指令案では、適切な最低賃金額の目安を賃金中央値の60%としており、「ドイツでは13・50ユーロ」になるとされるからである。なお、ドイツでは業種ごとの労働協約によって業種別最低賃金が決められている。その金額は法定最低賃金を下回ることはできない。だからこそ産業別労働組合はストライキを辞さす、賃金・労働条件の引き上げをめざして闘っている。
今回の農業陣営の農用ディーゼル燃料減税の打ち切りを許さないとして主要道路をトラクターで長時間封鎖する闘いに対しても、一般市民の反発がみられないのは、政府や財界に対する要求・抗議は、ストライキも、街頭に出るのも当たり前だとする国民世論あってこそである。
国連の「農民の権利宣言」を武器に
国連の「農民の権利宣言」(2018年12月17日の第73回総会で採択、正式には「農民と農村住民の権利宣言」)を武器にして、農民の老齢年金の引き上げを求める運動がドイツにあることを紹介しよう。
バーデン・ヴュルテンベルク州の小さな町シュベービッシュ・ハルで「農民生産者共同体」を名乗る養豚家族経営を組合員とする協同組合型の畜産加工販売組織は、「『農民の権利宣言』の国連での採択を求める国際農民大会」を2017年3月に、世界各国から450人の参加者を集めて開催している。私にも招待状が来たが、残念ながら出席できなかった。その理事長であるルドルフ・ビューラー氏は、連邦議会に対して農民の老齢年金の引き上げを求める「請願」(2017年2月)を行っている。以下は、その要約である。
「勤労者の老齢年金は月額平均1050ユーロ(16万8000円)である。農民のそれは460ユーロ(7万3600円)に抑えられている。農産物価格低迷によって農業経営所得は大きく低下している。そのために農業後継者は農場資産の相続に際して、まともな代価を払えなくなっており、引退した農民高齢者の貧困が大きな社会問題になっている(ドイツでは農場の相続は有償)。隣国オーストリアでは、農民老齢年金は1030ユーロに引き上げられている。都市と農村で同等の生活条件が得られるべきだとする基本的権利にもとづいて、農民の老齢年金の大幅引き上げを求める」
最後に一言。わが国最大の労働組合ナショナルセンターの「日本労働組合総連合(連合)は、本気になって格差社会打破と賃上げ闘争を闘うことをせず、最低賃金の引き上げも政府におねだりするごとき無残な状態である。労働陣営のバックアップなしに、日本農業の危機的状態の打破が求められる。というのも、国民の貧困化に抗(あらが)い、賃上げ闘争に勝利する労働運動があってこそ、生産費の上昇にふさわしい農産物価格を獲得でき、日本農業の危機突破の道は開けるからである。農協グループには覚悟が求められていると思うが、いかがであろうか。【農業協同組合新聞】