日々のニュースの中に「学び」のきっかけがあります。新聞を読みながら、テレビを見ながら、食卓やリビングでどう話しかけたら、わが子の知的好奇心にスイッチが入るでしょうか。ジャーナリストの一色清さんが毎週、保護者にヒントを教えます。
IAEA報告で「安全基準に合致」 反対の声も
東京電力福島第一原子力発電所の処理水を海に放出する計画について、国際原子力機関(IAEA)は、「計画は国際的な安全基準に合致している」とする調査報告書を公表しました。国際機関が計画にお墨付きを与えたことになり、政府は放出し始める時期の最終判断をする予定です。
このニュースを理解するうえで、まず知っておかないといけないのは、処理水とは何かということです。2011年3月の東日本大震災の津波によって、福島第一原発ではウラン燃料を冷やすことができなくなり、燃料は格納容器内に溶け落ちました。その燃料は今も熱を持っているため、冷却水をかけ続けています。かけた水は放射性物質を含みます。その水には流れ込んだ地下水や雨水が加わり、毎日約90トンずつ増えています。この水を放射性物質に汚染された水ということで「汚染水」と呼んでいます。
汚染水は原発の敷地にタンクをつくってためていますが、タンクをつくる用地がだんだん少なくなり、来年前半には敷地でためることのできる限界がきます。そのため、汚染水から特殊な設備で大半の放射性物質を取り除いたうえでさらに海水で薄め、その水を海に放出する計画を立てています。この水は処理済みということで、「処理水」と呼んでいます。ただ、トリチウムという放射性物質だけは取り除くことがむずかしく、処理水にはトリチウムが含まれています。IAEAや専門家は、処理水に含まれる量のトリチウムによる人の健康や環境への影響は「無視できるほど」としています。
海洋放出には当然、反対があります。国内の漁業関係者や韓国の野党、中国などは反対の立場を表明しています。韓国の野党や中国は政治的な動機もあるようですが、国内の反対論者からよく聞かれるのは「安全と安心はちがう」という言葉です。科学的に安全というお墨付きがあったとしても、人の気持ちとしては安心できないということです。地元の漁業関係者は、実際に近海で取れた海産物の売れ行きが悪くなることを心配していますが、それは「消費者は安心しないだろう」とみているためです。科学的根拠に基づかない風説によって経済的な損害を受けることを風評被害といいますが、海洋放出によって海産物や観光などで風評被害が出る可能性は確かにあると思います。
政府は風評被害について神経をとがらせています。公明党の山口那津男代表は福島市内で記者団に「海水浴のシーズンにわざわざ排出する理由も特にない」と述べましたが、その後の記者会見で「内外に周知徹底を図る時間の余裕を考えて申し上げた」と釈明しました。政権の一翼を担う政党のトップが「海水浴のシーズンを避けるべきだ」という趣旨の発言をしたことは「処理水が安全ではない」と国民から受けとられる恐れがあり、与野党から「風評被害を招く」との批判の声が上がったためです。
【朝日新聞】