60年を超える原発の運転を可能とする束ね法「GX脱炭素電源法」が31日、参院本会議で可決、成立した。東京電力福島第一原発事故後に決めた原則40年、最長60年とする方針を政府が転換し、原子力規制委員会の審査制度も変わる。規制委は十分に安全を確保できるのか。制度づくりの進め方に問題はなかったのか。勝田忠広・明治大教授(原子力政策)に聞いた。
――規制委の新制度は、電力会社が30年を起点に10年以内ごとに設備の点検や補修の計画を作り、審査します。
「極端に緩くなったり、大きな抜け落ちがあったりするようには見えません。新制度は現行の審査などを統合していて、これまでの規制委の経験も生かせると思います」
――しかし、世界でもまだ例のない運転期間が60年を超える原発の審査となると、どうでしょうか。
「事業者が60年超の原発の設備を次々と新しいパーツに替えていき、『実質的には新しい』などと主張してきたら、評価は難しい。規制委はこれまで、海外の知見も生かして審査してきましたが、60年超の知見は世界にもない。事業者のほうが多くの情報を持つなか、規制委がしっかりと対峙(たいじ)できるかが問われます」
――運転延長に対応する規制委の制度設計の進め方は、どうだったでしょうか。
「延長の検討を指示した岸田文雄首相側に対して、方針の科学的な妥当性を説明させる権利が、規制委にはありました。もし安全面への影響があるなら、つぶさないといけないからです。今回は、素直に言うことを聞きすぎた面があると思います」
――経済産業省は、運転期間から除外する期間をこれから決めると言っています。
「スケジュールありきで急いでいることの裏返しです。現段階の案でも、行政指導や規制委の審査対応、裁判所の仮処分など、事業者にメリットのある話ばかりに見えます。審査の長期化は、規制委が長引かせたいのではなく、事業者が対応できないからなのに、それでいいのでしょうか」
「審査は、良い意味でのプレッシャーを事業者に与えていたと思います。規制委の指摘前に自主的に対応し、安全対策を向上させないと、審査が延びてしまうからです」
――審査期間が運転期間から除かれると、そのプレッシャーも弱まりそうです。
「いろいろな影響があると思います。裁判所の仮処分による停止も、住民が止めて原発の活用について考えてほしいから裁判をするのに、運転期間から除外されたら、何のためにやるのかとなってしまいます。今回の法律は、審査や裁判で運転できない事業者を救おうという法律になっている。福島第一原発事故の経験からすると、良くないと思います」
――どういう意味ですか。
「原発事故は東電の責任だけでなく、背景に政府の存在があったと思います。政府の2010年のエネルギー基本計画は『原子力発電の推進』を掲げ、原発の新増設や設備利用率の向上をめざしていました。その圧力が、安全対策の遅れにもつながり、事故が起きたと僕は考えています」
――ただ、首相らは「安全性の確保」を優先にするとは言っています。
「問題を、安全性だけに矮小化(わいしょうか)しています。本当の神話は『安全神話』ではなく、『原子力神話』だと僕は思います。温暖化対策や地域の雇用とか、政府がいろんな神話を作り、過度に推進した末に事故が起きました。それなのに、安全性の話ばかりでエネルギー政策の検証はされていません。だから今回も、新規制基準によって安全性が向上してきたとして、再び原発を活用する方向に戻しているのだと思います」
【朝日新聞】