ロシアのウクライナ侵攻から24日で1年。この間、原発への攻撃が世界に衝撃を与えた。日本で備えを考える時、重要になるのが使用済み核燃料の扱いだ。原子炉で役目を終えると主に貯蔵プールで保管されるが、あの団体、あの政治家が問題視するのがプールの脆弱ぜいじゃくさだ。今のままでは原発が攻撃された際に「泣きどころ」となり、甚大な被害を招きかねない。岸田政権は原発稼働ばかりに力を注ぐ場合ではない。
◆ロシアは侵攻直後から原発を狙った
ロシアメディアがウクライナの原発への電源供給を遮断させるため、関連施設への攻撃を提唱している—。18日、米シンクタンクの戦争研究所はそんな見解を示した。
翌19日。ロシア軍が占拠し、軍事拠点化しているウクライナのザポロジエ原発を巡り、同国の外務省は声明を発表した。ここでは安全確保のために常駐する国際原子力機関(IAEA)の専門家の交代をロシアが拒んでいると非難した。
原発への攻撃は早くから危惧された。昨年1月の段階でウクライナ駐日大使のセルギー・コルスンスキー氏が懸念した。悪い見立ては的中し、ロシアの侵攻直後から原発は狙われた。
攻撃は続き、使用済み核燃料の貯蔵施設付近にも着弾したという。ロシア側はウクライナ側から攻撃を受けたと主張したほか、攻撃による最大のリスクは原子炉ではなく、使用済み核燃料の貯蔵施設と訴えた。
甚大な被害をもたらしかねない使用済み核燃料は、ウランを原料とする。原子炉内で4〜5年間使用した後に取り出される。
原子力資料情報室の上沢千尋氏によると、この状況でも発熱量や放射線量はなおも高いままだ。国内では主に原子炉建屋内の貯蔵プールに保管し、水を循環させることで発熱量などを下げている。
保管方法は貯蔵プールだけではない。プールで5〜6年冷やした後に「乾式キャスク」という金属製の容器に入れ、空気循環で冷却するタイプもある。「安全面では頑丈なキャスクのほうが数段上と言えるが、コスト面の事情もあり、まだ普及は道半ば。欧州に比べ、乾式キャスクの普及が遅れている」(上沢氏)
◆「外部攻撃に脆弱」と指摘するのは…
ウクライナ侵攻後、貯蔵プールの脆弱性を問題視してきたのが、笹川平和財団の小林祐喜研究員だ。
財団のサイトでは「原子炉が鋼鉄製で、さらに格納容器に守られ、外部からの攻撃に一定の頑強さを有する」とつづった一方、使用済み核燃料の保管は「多重防護の仕組みになっていない場合が多い」「外部攻撃に脆弱」「(水が尽きるなどして)使用済み核燃料が大気にむき出しになれば、高濃度の放射線が広範囲に放出される」と訴えた。
東京電力福島第一原発事故でも4号機で水素爆発が起きた際、使用済み核燃料の貯蔵プールで異変が起きた可能性が取り沙汰された。取材に応じた小林氏は「福島事故後も日本はどう対策していくかが定まらなかった。やや認識が甘かったとも言える」と語る。
ちなみに笹川平和財団の名誉会長だったのは故笹川良一氏。流れをくむ別団体の「笹川保健財団」の評議員には、福島県立医科大副学長の山下俊一氏がいる。福島原発事故後の講演で「放射線の影響はニコニコ笑っていれば来ません」と楽観論を披歴した人物だ。
笹川平和財団も警鐘を鳴らす貯蔵プールの脆弱性。前出の上沢氏も「有事の際に貯蔵プールなどが破壊されると、建屋に近付けなくなる。取り返しの付かない事態が起きる」と話す。
◆野党議員時代の河野太郎氏も「潜在的な弱点」
使用済み核燃料を巡り、貯蔵プールのもろさを指摘する声は過去にもあった。
「3.11で脆弱性がはっきりしたのは使用済み核燃料プール」「警備体制はどのように変わるんですか」
発言の主は河野太郎氏。今のデジタル相だ。東京電力福島第一原発事故から半年余りたった2011年11月、衆院決算行政監視委員会でこうただした。野党議員だった頃だ。翌12年9月にも自身のブログで「原子炉と使用済み核燃料プールは、テロリストに狙われたり、ミサイルで狙われたりと潜在的な弱点である」と書きつづった。
いまも当時と同じ考えなのか。事務所を通じて質問したが、今月21日夕までに回答はなかった。
では、岸田政権はどう対応しているのか。
昨年10月の衆院予算委では、立憲民主党の岡田克也幹事長が「プールにある使用済み核燃料、本当に厄介だ」「ミサイルが当たったらどうなる」と質問。使用済み核燃料は貯蔵プールから出した上、金属製容器の乾式キャスクに移すことにより、防護力を高めるよう求めた。
これに対し、答弁した西村康稔経済産業相は「原子力規制委員会が一元的に所掌している」「経産省としては差し控えたい」と述べ、所管外と言わんばかりの姿勢が際立った。
◆規制委は「事実上無理だ」
名指しされた規制委がどうかといえば、ウクライナ侵攻直後の昨年3月、委員長だった更田豊志氏が会見で「武力攻撃に対して堅牢けんろう性を持つ施設という議論は計画もしていないし、事実上無理だ」と語り「お手上げぶり」をあらわにした。その上で一般論として「使用済み燃料プールよりも乾式キャスクのほうが防御力は高まる」と語った。現在の山中伸介委員長も見解を踏襲する。
この1年で対策は進んだのかというと、規制委の広報担当者は「原子炉等規制法は、武力攻撃を想定していないという見解に変わりはない。テロ対策として乾式キャスクへの移行を改めて規制委が指示したということはない」と明かす。
元原発設計技術者の後藤政志さんは「各電力会社はキャスクへの移行を計画してはいるが、使用後の燃料はプールで冷やした上で移す必要がある。この時間が相当かかる」と述べ、原発を運転し続ける限り、貯蔵プールでの保管は避けられない問題だと指摘する。
岸田政権の鈍さにはこう憤る。「事故やテロといった大きなリスクがあるにもかかわらず、発生確率が低いと見なし、有効な対応を打たずにいる」
◆核燃料サイクルが破綻しているのに活用に前のめり
日本国内で原発で貯蔵している使用済み核燃料は、膨大な量だ。およそ2万トンに上り、多くは貯蔵プールで保管する。政府は「核燃料サイクル」を掲げて再利用をもくろむが、青森県六ケ所村で建設中の再処理工場は完成が延期され続けている。再利用で減らそうにも、要の施設が機能せず、思うようにいかずにいる。
だが、岸田政権は原発活用に前のめりだ。原発の60年超運転や次世代型への建て替え容認にかじを切った。脆弱なプールに貯蔵される使用済み燃料は増え続け、それだけ防護に手間も時間も要することになる。
「サイクルがずたずたに途切れているのに、政府は回っているように扱い、問題に向き合うことを避けている」。青山学院大の本間照光名誉教授(原子力損害賠償制度論)はそう語る。
福島で原発事故が起き、ウクライナ侵攻で原発稼働に大きなリスクがあることが露呈したと訴え、こう続ける。「手に負えないリスクとコストに責任を持たないで来た。原発を動かす判断をするならば最低限、前提となるテロ対策、安全対策に手を打つべきだ」
◆デスクメモ
原発が、使用済み核燃料の貯蔵プールが標的になる恐怖は容易に想像できる。攻撃されたときに生じる民間人の被害も。にもかかわらず、備えの議論は滞る。対して自衛隊は、防護対策として司令部の地下化まで論じられる。誰かを見捨て、誰かを守る。そんな国を愛せと言うのか。
【東京新聞】