文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は12日、東京電力福島第1原子力発電所事故の賠償基準となる「中間指針」の見直しに向けた素案を示した。故郷が変容したことによる精神的損害などを賠償の対象に加える。指針見直しは2013年以来となる。
国が東電の賠償範囲を示した中間指針は事故後の11年8月に策定された。見直しは避難者らの集団訴訟で指針を上回る賠償命令が確定したことに対応した。原賠審は20日の次回会合で具体的な賠償額の目安について詰める。素案は今後、指針の「第5次追補」としてまとまり、東電と被害者の賠償交渉で使われる見通しだ。
原発事故で避難を強いられた住民にはこれまで月額10万円の慰謝料が東電から支払われるなどしてきた。原賠審は事故の影響による精神的苦痛の類型は多様化していると判断。従来の指針に示されていなかったケースでも賠償対象として拡大する。
事故前の生活基盤(故郷)が変容したことによる精神的損害などを対象に加える。
原発立地自治体などにある「帰還困難区域」の住民には「故郷喪失」への賠償として既に1人700万円が支払われている。
今回は周辺の「居住制限区域」や「避難指示解除準備区域」について、避難指示が解除された後も、変わり果てた故郷に帰還せざるをえなくなるなどした苦痛は大きいとして、追加で賠償することとする。
「相当量の放射線量地域に一定期間滞在したことの健康不安」による損害も認める。事故直後に避難指示が出た原発20キロ圏の外でも線量が避難基準(年20ミリシーベルト)を超える恐れがありながら、避難指示が1カ月以上後になった「計画的避難区域」にいた人などが対象となる。
要介護状態や妊娠中、乳幼児の世話を恒常的にしていた避難者については、通常の人と比べて精神的苦痛が大きいとして慰謝料を増額する。
情報不足の中で被曝(ひばく)への不安を抱きつつ着のみ着のまま避難した「過酷避難」への賠償や、子どもや妊婦以外の自主避難者に損害を認める期間を拡大することも盛り込んだ。
最高裁は3月、避難者らが起こした7件の集団訴訟で東電側の上告を棄却し、中間指針を上回る金額の賠償を命じる判決が確定した。原賠審は各判決の賠償額や考え方が異なるため専門家に分析を依頼し、見直し方針を議論していた。
東電はこれまで法人などを含めて10兆円以上の賠償金を支払ってきた。指針見直しで賠償額はさらに膨らむとみられる。
▼原子力損害賠償紛争審査会 原子力損害賠償法に基づき、原発事故に伴う損害賠償を円滑に進めるため文部科学省に設けられる第三者機関。損害の範囲の判定や賠償額などの指針を示す。委員は原子力工学や医療などの研究者、弁護士などで構成する。東京電力福島第1原発事故では2011年4月に設置され、11年8月に中間指針を取りまとめた。これまでに中間指針の第1~4次の「追補」を策定している。【日本経済新聞】