経済産業省は原子力発電所の運転期間を最長60年とする規制を撤廃する案の検討に入った。経産相が運転を続けると判断する原発について、原子力規制委員会(総合2面きょうのことば)の審査に通れば60年を超えても稼働できるようにする。電力の安定供給と脱炭素に向けて原発の有効利用を目指す。古い施設でも安全を担保する厳しい審査体制が求められる。
素案では運転期間に上限を設けず、規制委の審査を経て何度でも延長できるようにする。原発は運転時には二酸化炭素(CO2)をほぼ出さず、電力を安定して供給できる。経産相は再生可能エネルギーの普及に伴う脱炭素の進捗や電力需給の状況をもとに、原発が必要と判断すれば運転期間の延長を認可する。
今の運転期間は原子炉等規制法で原則40年、最長60年と定められている。原発は2011年の東京電力福島第1原発事故を受け、安全規制の所管が経産省から規制委に移った。上限60年の規制もこの時に初めてできた。電力会社は運転延長を規制委に申請している。
経産省案では運転延長にかかわる規定を電気事業法など同省が所管する法律に改めて定める。最終的な認可を規制委が担うことは変えないが、一連の判断に経産省が関わることになる。
福島の事故後に与野党で合意した「規制と推進の分離」が後退するとして、政府・与党内にも上限撤廃には慎重論が残る。このため原則40年、最長60年の規定は変えず、震災後の停止期間を運転期間から除き実質的に運転期間を延ばす案もある。
運転期間の延長は8月に岸田文雄首相が検討を指示した。制度案は年末までに政府のGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議でまとめる。23年の通常国会に関係法令を一括で見直す改正案の提出を目指す。
延長の課題は、古い原発になるほど部品の劣化による事故のリスクがあることだ。原子炉の圧力容器などの金属は運転中に核燃料から出る中性子で傷む。コンクリートなどの劣化は避けられない。ただ、劣化の度合いはプラントによって異なり、短期間で補修が必要になるケースもある。
規制委の更田豊志前委員長は60年ルールについて「一律に寿命が訪れるわけではなく、技術的には正しくない。個々の炉で安全性を確認する必要がある」と指摘していた。
現在、電力会社は安全を確保するため、運転開始から30年たった時点から10年ごとに劣化具合を確認し、管理計画を策定する。これを電力会社の保安規定に反映させ、規制委が認可している。規制委は今後、追加の対応が必要な計画について変更命令を出すなど、延長に合わせた規制の強化を検討する。
国内には現在、33基の原発がある。4基は運転開始から40年を超え、60年への延長が認可された。今の60年ルールでは40年代末には13基、50年代末には28基が運転できなくなる。
稼働延長は震災後の安全規制への対応で大きな投資をした電力会社の恩恵が大きい。旧型で設計上の課題がある原発を使い続ける懸念はある。
米欧の各国は審査で安全を確認した原発は稼働を認めており、運転期限は設けていない。ウクライナ危機でエネルギー安全保障への関心が高まり、英国やフランスは原発の新増設に動く。【日本経済新聞】