関西電力で2023年春、高浜原子力発電所1、2号機のテロ対策施設の工事が終わる。これにより、これまで稼働した5基を含め関電の7基すべてが動く見通しだ。地元の同意も既に得ている。新規制基準が13年にできて以降、ようやく全基稼働に到達する。森望社⻑は、原発の新増設についても必要だと話す。
「安全対策工事のボリュームはかなり大きかったが、しっかりやってきた結果、今に至っている」。関西電力の森望社長は、全基稼働が見えてきた現状についてこう話す。
福島原発の事故後にできた国の新規制基準の審査に合格し、稼働に至った同社の原発は5基。高浜3、4号機と大飯3、4号機、美浜3号機だ。残る高浜1、2号機が2023年5~6月にテロ対策工事を終え、6~7月に稼働する見込みだ。
「手探りで積み上げた」
新規制基準ができてから全7基が稼働する見込みの23年までで10年になる。
国内で稼働する原発は西日本に偏る。福島の事故後に動いたのは、関電の5基の他に九州、四国電力の原発を合わせた計10基だ。岸田文雄首相が23年の夏以降に追加で稼働させるとした7基のうち、工事完了時期がはっきりしている高浜1、2号機は稼働する見込みだが、東京電力柏崎刈羽6、7号機などは地元の同意が取れておらず、稼働時期は見えない。
福島の事故以前、原発比率が4割超にのぼった関電。原発停止後の経営への打撃は大きく、稼働までの道のりも険しかった。苦労したのは新規制基準の審査対応だ。「何もかもゼロからのスタート。手探りで積み上げていった」と原子力企画部長の長谷川宏司氏は振り返る。
審査対応に最大1300人
高浜3、4号機だけで、開いた会合の数は事前ヒアリングが467回、審査会合67回に上る。「関電の説明は分からない」(原子力規制委員会)、「ここを見れば分かるじゃないですか」(関電)──。規制委との議論は時に感情的にもなったが「頭を冷やして出直した」と長谷川氏は話す。
並行して7基の審査が進んでいた際は、原子力技術者を中心に最大1300人を審査対応に充てた。東京都内の規制委の近くに臨時で設けた拠点は時を経るごとに拡大した。審査の進捗はテレビ会議で毎日、経営幹部に報告。手薄な部分に人材などを適宜、投入した。少しでも審査を早めようと、会議を土日に開くこともあった。
全7基の稼働が視野に入り、森社長は「電力の安定供給や脱炭素の点から原発の必要性が一層高まっており、新増設が必要だ」と話す。
岸田首相は8月下旬に「新増設を検討する」と表明した。政府内で想定される新増設の有力候補が、関電が廃炉を決めた美浜1号機の後継といわれている。
関電は全基が稼働に至っても、継続して動かし続けられるかどうか分からない。原発のある福井県との間で交わした、使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外での計画地点を23年末までに決めるとの約束がある。
関電は、これを実行できなければ高浜1、2号機と美浜3号機を停止すると福井県に説明してきた。いったん全基稼働にこぎ着けても、関電の経営と日本の電力安定供給にはなお難題が付きまとう。
森社長はインタビューで、原発の活用を進めることで火力発電の数を減らせるなどとして、脱炭素に向けた原発の意義を強調した。主なやり取りは以下の通り。
足元の原発の稼働状況と今後の見通しを教えてください。
森望社長(以下、森氏):私たちは「7基体制」を掲げてきて、現在定期点検中の2基も含めこれまでに5基が稼働してきた。残るは2基。高浜1、2号機で、23年5~6月にテロ対策施設の工事が終わる。
東日本の原発に比べると、稼働が順調に進んでいるように見えます。
森氏:原子力規制委員会の審査に見合う工事をしっかりやってきた結果、今に至っている。安全対策工事のボリュームはかなり大きかった。審査や工事には時間がかかった。1基1基、順番に稼働させていった。
火力の稼働を減らせる
原発の新増設についてどのように考えますか。
森氏:燃料高や電力の需給逼迫、将来の脱炭素を考えたときに、原発の必要性はより一層高まる。長期的視点で見ても、原発を一定程度確保することになると、おのずと新増設は必要になる。国の政策が整備されていくなかで、新増設ができるのかどうかを議論していくことになるのではないか。
原発を新増設するとなると、建設までに相当な時間がかかるといわれています。
森氏:新増設をするにしても、どんな種類の原発をつくるかもまったく見えていない。種類によって、準備も建設の仕方も審査も変わってくる。短期間でできるものではないのは確かだ。(福島原発事故後に)いったん停止した原発を再稼働するだけでも約10年を要している。新増設となれば、それ以上の時間がかかることは間違いない。
LNG(液化天然ガス)や石炭など、火力発電の燃料が高騰しています。原発の稼働数が増えれば、火力発電所の稼働を抑制できるのでしょうか。
森氏:電力需要が変わらないという前提であれば、原発の稼働が増えると、その分の火力の稼働が減ることになる。私たちは、LNG火力も石炭火力も石油火力も持っている。どの燃料から減らすのかは、燃料市況による。高く買っているスポット調達の燃料を減らしていくことが最優先になるだろう。
水素ビジネスで先頭集団を目指す
50年の脱炭素に向け、水素などの新エネルギーも注目されています。
森氏:原発や再生可能エネルギーも大切だが、火力発電の脱炭素化も必要だと考えている。燃料を脱炭素化する、もしくは燃焼後に出てきた二酸化炭素を回収して地中に埋め、再利用する「CCUS」といった方法がある。火力の燃料を水素にするのはぜひ取り組みたい。
水素は、使うだけでなく、調達など上流から事業に参画していきたい。将来は、再エネなどでつくった水素を海外から日本に持ってきて、基地を経由して供給される形が想定される。水素ビジネスには国も力を入れようとしている。水素ビジネスの先頭集団の1社としてしっかりポジションを取っていきたい。
アンモニアの可能性をどうみていますか。
森氏:アンモニアは水素と窒素からなり、水素の1つの変形。石炭火力に混ぜて焼やすうえでは相性がよい。ただ、それが発展していった先のアンモニア専焼が本当に有利なのかは議論が必要だろう。(水素を使う際に)水素と窒素を分ける必要があるし、アンモニアを燃やすと窒素酸化物が発生するのでこれを処理しなければならない。競争力があるのか、技術的にも可能なのか見極める必要がある。
世界的にエネルギー危機が生じ、日本も例外ではありません。日本は電力自由化が進められたことも足元の危機の要因の1つになっていると思います。電力会社として、こうした状況にどう対応していきますか。
森氏:社会の情勢が変化しても、(日本のエネルギー戦略の基本である)「S+3E(安全性、安定供給、経済性、環境)」が重要であることに変わりはなく、いずれを欠かしてもいけない。エネルギー自給率の低い日本が、国民生活や経済活動を支え続けていくために、今、「3E」の中でもとくに「安定供給」、つまりエネルギー安全保障の重要性がクローズアップされている。エネルギー安全保障に対応できる電力システム改革がより重要になっており、そうした議論がされることを期待したい。
【日経ビジネス】