日本原子力学会の福島第一原子力発電所廃炉検討委員会(宮野広委員長)は6月25日に廃炉の課題を議論するシンポジウムを開催した。国のプロジェクトなどで実施してきたロボットによる原子炉建屋の内部調査や事故時のデータをもとにした同委員会の解析結果を示した。それによると、福島第1原発の1〜3号機で起きたのは「典型的なメルトダウン(炉心溶融)ではなかった」という。どういうことだろう。
検討委員会の倉田正輝氏(日本原子力研究開発機構廃炉環境国際共同研究センター廃炉研究プランナー)によると、米スリーマイル島(TMI)原発事故(1979年)の経験を土台に専門家の間で想定されてきた「メルトダウン」は、核燃料が2600度ほどの高温に達しサラサラの液状になって原子炉圧力容器の底に落ち、さらに鋼鉄製の圧力容器を溶かして格納容器の底まで流れ落ちるというものだった。テレビ解説でよく目にするCG(コンピューターグラフィックス)の福島第1原発事故の再現映像は、この「典型的メルトダウン」に近いイメージで描かれている。
しかし現在までにわかっている限り、実際の福島第1原発では1〜3号機のいずれでも「核燃料がサラサラの液状になって流れ落ちたとは考えにくい」と倉田氏は話す。2000度くらいの温度にとどまり、完全に溶けていない炉心構造物と混じりあって「粘性を持ったドロドロの状態でボタボタと落ちた」とみられる。液状ではなく固液混合の状態だったとの認識だ。
典型的メルトダウンでは、格納容器底部のコンクリートの床に落ちた溶融燃料はコンクリートを侵食し、格納容器を破壊する危険が生じる。溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)と呼ばれる現象で、この現象の誇張した言い方が「チャイナ・シンドローム」だ。
福島第1原発では、溶けた燃料はコンクリート床の上に冷え固まって堆積しており、MCCIはほとんど起きていないように見える。溶融燃料の温度が比較的低かったからだとみられ、この点でも「典型的メルトダウン」とは異なる。
福島第1原発1号機でのロボットによる調査(国際廃炉研究開発機構提供)
福島第1原発2号機の格納容器の中に残された調査用のサソリ型ロボット(東京電力提供)
なぜ典型的ではなかったのか。倉田氏はTMIが加圧水型軽水炉(PWR)で、福島第1原発が沸騰水型軽水炉(BWR)だった違いを挙げる。PWRでは炉心に均等に配置された制御棒が核燃料より先に溶け落ちて、炉心への冷却水(水蒸気)の流れを塞ぎ、炉心を隔離した結果、核燃料の過熱が進んだ。一方、BWRは制御棒の配置が不均等なため炉心への水蒸気の流れを部分的にしか塞がず「福島第1原発では冷却が続いていたと考えられる」。これまでPWRとBWRでメルトダウンの起き方に大きな違いがあるとは専門家も考えていなかった。
メルトダウンは技術的に明確に定義された言葉ではない。2011年の事故直後も、メルトダウンという表現が適切かどうか、議論になったことがある。メルトダウンという言葉で人々が想像するイメージは多様だ。原子力学会の検討委員会が今回「典型的なメルトダウンではない」とことさら強調したのは、「メルトダウンという言葉の使用が間違っていると言いたいわけではない。福島第1原発で起きた事象について正確なイメージを持ってもらいたいためだ」(倉田氏)と言う。
それは今後のデブリ(冷え固まった溶融核燃料と溶融金属との混合物)の取り出しにも関わる。
三菱重工業と国際廃炉研究開発機構が公開した福島第1原発のデブリ取り出し用装置の試作機
デブリの試験的な取り出しが22年中に始まるが、福島第1原発の3つの原子炉のさまざまな場所にあるデブリは大きさや性状が異なるとみられ、安全に余裕を持って慎重に取り出す必要がある。
さまざまな場所から試料をたくさん取り出していけば、デブリの全体像も次第につかめてくるはずだが、およそ800トンもあるデブリの全てを詳細に知るのは無理だ。そこで検討委員会が考えているのは、事故の進展プロセスの検証とデブリ試料の分析結果を突き合わせる「総合評価」によってデブリの姿を把握していこうという戦略だ。
取り出したデブリ試料の分析からそのデブリが生まれた事故プロセスを推測する。また、事故プロセスを詳しく知ることを通じ建屋内、格納容器内のデブリの分布や性状を推定する。デブリ分析と事故進展シナリオの精緻化を相互に進めていくことが、安全で効率的なデブリ取り出し作業の実現につながるというわけだ。
日本原子力研究開発機構ではこれまでわかったことをネット上の「debris Wiki」(https://fdada-plus.info/wiki/index.php?title)で公開している。
ひとこと解説
原子力問題について丹念に取材を続けておられる滝記者の記事。事故処理の観点からは、チェルノブイリと同様、石棺方式(分厚いコンクリートで丸ごと覆う)で対応するのが最もやりやすかったという指摘は多いが、福島の方たちへの配慮からデブリを取り出し(とはいえどこに運ぶかは未定)廃炉をしてきれいにするという進める方針で作業が進んでいる。そうしたなかで、様々な知見が得られていることはあまり知られておらず、価値ある記事だと思う。
分析・考察
加圧水型と沸騰水型とで事故のプロセスが異なるのですね。事故の詳細を科学的に明らかにすることで、デブリの取り出しも進むでしょうし、さらなる安全設計への道が開かれます。日々、廃炉作業と向き合っている方々に敬意を表したい。【日本経済新聞】