ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰や、先月の福島県沖地震後の電力需給ひっ迫を受け、与野党や経済界から原発再稼働を求める声が相次いでいる。しかし、福島第一原発事故後の再稼働を巡る停滞をよく知るアナリストらは冷めた視線を送っている。
ウクライナ情勢などを受け、自民党の原発推進派でつくる議員連盟は3月、停止中の原発を緊急的に稼働させるよう政府に求めた。そのほか、日本維新の会や国民民主党も原発再稼働の必要性を訴えている。経済界では経団連の十倉雅和会長(住友化学会長)も安全が確認された原発は早期に再稼働するべきとの考えを示している。
国際エネルギー機関(IEA)元事務局長の田中伸男氏も先月28日、原発再稼働により天然ガス消費を削減することが日本が世界に貢献する最も効果的な方法との見方を示した。
こうした中、岸田文雄首相や政府高官は、福島事故後に策定された規制委の規制基準に適合すると認められた原発のみ再稼働を進めていくという従来の政府方針を繰り返し述べている。同方針を踏まえると、適合性審査に合格したものの安全対策工事を完了させる必要があることなどから再稼働に至っていない7基が有力候補となるが、欧州の次の冬のガス需要に間に合うような早期の再稼働は考えにくい。
再稼働の加速には規制委の審査の位置付けやあり方を変えるしかないと大和証券の西川周作アナリストは指摘する。しかし、電力事情や経済情勢を考慮して適合性審査で合格判断が出ていない原発の再稼働を許せば「規制委ではない誰かが安全性に責任を負わないといけない。そのような政治判断には難しさがあるのではないか」。
また、西川氏は福島事故を踏まえ原子力利用の推進と規制を分離する狙いで発足した規制委が社会経済的な事情を考慮して基準を緩めることは考えにくいと語る
エネルギー需給は勘案せず
規制委の更田豊志委員長は委員だった12年10月、規制委が安全上の判断や規制を行う際に「その施設が必要であるか、必要でないか、エネルギーの需給はどうであるとか、それらは一切斟酌しない」と発言。同氏は3月、同委は電力需給上の必要性などから「独立して科学技術的な判断を下す組織」との考えを改めて示した。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の荻野零児アナリストは、規制委がこれまで同様に「科学的見地に基づいてやっていく前提だと、スピードは変わらない」との見方を示す。同氏は「現時点では過去の再稼働のスピード感の延長線で物事が進むのがメインストーリー」だとし、電力需要が高まる夏までに停止中の原発が再稼働することは考えにくいと続けた。
その上で、荻野氏は「本当に政治側で加速したいのなら法律を変えればいい」と指摘。しかし、政治側は再稼働を巡る仕組み変更や規制委の人員拡大といった「自分たちのツールを使わないで、言っているだけ」だとし、根幹にあるのは「政治の問題、その一言に尽きる」と評した。
現在の規制の枠組みが変わらない場合、原発再稼働はどのようなペースで進むのか。大和証券の西川アナリストは新規の原発再稼働は最も早くても23年度下期(23年10月-24年3月期)になるとみる。同氏は安全対策工事などの遅延で再稼働が「遅れるリスクはあるが、早まる可能性は小さいだろう」と指摘する。
適合性審査終了も再稼働していない原発の一覧:
事業者 原発 規制委の設置許可 会社側の再稼働見通し 大和証券の再稼働前提
東北電力 女川2号機 20年2月26日 24年2月 23年10月-24年3月
東京電力ホールディングス 柏崎刈羽6号機 17年12月27日 24年4月※ なし
柏崎刈羽7号機 17年12月27日 22年10月※ なし
日本原子力発電 東海第二 18年9月26日 なし なし
関西電力 高浜1号機 16年4月20日 23年6月20日 23年10月-24年3月
高浜2号機 16年4月20日 23年7月20日 23年10月-24年3月
中国電力 島根2号機 21年9月15日 なし 23年10月-24年3月
※東電の経営計画上の収支見通しの前提
これまでも原発の安全対策工事では遅れが相次いでいる。直近では東北電力が3月30日、女川原発2号機の安全対策工事の完了時期を従来の22年度中から23年11月に延期すると発表した。
荻野氏は、この発表により22年度末に女川2号機が再稼働するとの予想は「ひっくり返った」と振り返る。このほか中国電力島根原発2号機については23年7月の再稼働を見込むが、それ以外の原発については明確な時期の前提を置いていないという。
同氏は6割以上の可能性があると考えたときに再稼働の予想を織り込んでいるものの、今は時期に関して「信じられる材料がないし、今まで裏切られているパターンの方が多い」と指摘。その上で、原発工事は「延期されて当たり前。延期されない方がサプライズ」と続けた。
【ブルームバーグ】