チェルノブイリ原発事故と、東京電力福島第一原発事故。ロシア軍が侵攻したウクライナと福島はともに事故からの復興をめざし、研究者や住民が手を取り合い、交流を重ねてきた。福島県内にも、ウクライナに住む家族や友人の無事を願う人たちがいる。
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「軍事施設だけでなく、市民も攻撃を受けている。家族が危険な状況にいて、今後どうなるか分からないのは非常に苦しい」
ウクライナ人で、福島大環境放射能研究所特任教授のマーク・ジェレズニヤクさん(71)は25日、何度も言葉に詰まりながら、母国で暮らす妻子への思いを語った。
ロシア軍が侵攻を開始したウクライナの首都キエフでは、妻オルガさん(71)と娘のレナさん(29)が暮らしている。仙台市の日本語学校に通ったこともあるレナさんは現地のレストランで働いていて、24日にはレナさんから避難の相談があった。「恐怖を感じていると思うが、パニックにはなっていなかった」という。
ジェレズニヤクさんは、旧ソ連時代のキエフに生まれ、1986年のチェルノブイリ原発事故後は、放出された放射性物質による川の汚染状況などを研究してきた。2013年からは、東京電力福島第一原発事故を受けて同年に設立された福島大環境放射能研究所で働く。
1991年にウクライナが独立して以来、現地でロシア語とウクライナ語の両方を使ってきたが、「差別や人権侵害を受けたことはない」と強調。ロシアのプーチン大統領の「ウクライナでロシア語を話す人が差別を受けている」という主張は誤りだと訴え、胸の内を明かした。
「ウクライナは、大統領や議会のメンバーを国民が選んだ民主主義国家。その国が、ロシアの誤った認識により攻撃を受けていることに非常に衝撃を受けているし、憤りを覚える」(福地慶太郎)
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「爆発があった。話せません」
ウクライナの子どもたちとの交流事業を2017年から行っている福島市のNPO団体代表、高橋真一さん(54)は25日、現地の知人や子どもたちと前日から連絡がつかないと明かし、「無事を祈るしかない」と語った。
原発事故をきっかけに17年から毎年、首都キエフ周辺に住む中学生たちを福島に招待する交流事業を続けてきた。1986年にチェルノブイリ原発事故が起きたウクライナと福島の子ども同士で交流してもらい、原発事故について考えてもらうのが目的だ。
来日した子どもたちは帰還困難区域や廃炉資料館を見学し、アニメやゲームの話題で県内の子どもたちとの交流を楽しんだ。「同じ原発被災地同士、大事なつながりを持てた」と高橋さんは振り返る。2020年以降はコロナ禍で交流事業を中止しているが、帰国した子どもたちの中には日本に興味を持ち、大学で日本語を学ぶ人もいるという。
だがこの数日間、フェイスブックを通じてキエフ周辺の何人かの子どもたちにメッセージを送ったが、連絡がつかない。24日にはキエフに住む知人の40代女性に電話をかけたが、「爆発があった。話せません」というメッセージが送られてきた後、連絡が途絶えた。
高橋さんは「避難に必死で、メッセージを返す余裕もないんだと思う」。子どもが犠牲になったというニュースも目にした。「みんなどうか、無事でいてほしい」と祈る。
ロシア軍がチェルノブイリ原発を占拠したという報道も見た。「原発被災地を再び危険にさらす行動。信じられない」。事態が早く収束し、また平和に交流ができることを祈っている。
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マーク・ジェレズニヤクさんが所属する福島大環境放射能研究所は、福島第一原発の事故を受けて2013年に設立された。放射性物質による県内の汚染状況などを調べるほか、2017年からはウクライナの研究機関とも連携し、チェルノブイリ原発の周辺地域で汚染による影響を調べている。
同研究所は今年3月も研究者5人をウクライナに派遣する予定だったが、情勢の悪化を受け、1月に取りやめた。今月24日にはウクライナ大統領府がチェルノブイリ原発がロシア軍に占拠されたと明らかにした。
同研究所の難波謙二所長によると、チェルノブイリ原発の冷却水をためる池や立ち入り禁止区域内に気象データや放射性物質の観測装置があり、ウクライナの共同研究者たちに管理してもらっていたという。難波さんは「現地が今後どうなるか、情報収集をするしかないが、共同研究者たちの無事を祈りたい」と話した。『朝日新聞』