ポイント
○原発の脱炭素電源としての役割は限定的
○日本では事故に伴うコスト上昇も重荷に
○政府から独立した機関で客観的な評価を
欧州連合(EU)は2月2日、どんな事業や製品が持続可能かを示す「タクソノミー」法案で、天然ガスとともに原子力発電が「脱炭素に貢献する電源」の基準を満たすとの位置づけを示した。これに対し、EU内や一部投資家から反対の意見が表明されており、脱炭素電源としての原発を巡る議論が続いている。
だが原子力発電の世界の現状を見る限り、脱炭素への貢献は限られたものになりそうだ。日本は福島第1原子力発電所事故の教訓を踏まえ、原発の現状を客観的に評価する仕組みを立ち上げ、国民的議論を経て現実的な「依存度低減」政策へかじを切るべきだ。
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「世界原子力産業現状報告2021年版(WNISR2021)」によると、世界の総発電量に占める原子力発電のシェアは、1996年のピーク(17.5%)から徐々に低下し、最近は10%前後で推移する。発電量も2020年は12年以来の減少(前年比3.9%減)となり、中国を除けば減少率は5.1%に達し95年以来の低水準となった。
原発比率低減の傾向は国際原子力機関(IAEA)の50年までの予測でも明らかだ。原発の伸びが高いケースでは総発電量の比率は12.3%と現状の10.2%からやや上昇するが、原発の伸びが低いケースでは6.3%と大きく低下する(21年予測、図1参照)。世界の電力供給における役割が現状程度か低下するのは明らかだ。であれば脱炭素電源としての役割も限定的なものと考えざるを得ない。
停滞傾向の最大の要因として考えられるのが、原子力発電の競争力低下だ。図2は、国際エネルギー機関(IEA)による50年までの電源別発電コスト予測を示したものだ。脱炭素電源としての原子力発電コストは、再生可能エネルギーの発電コストの急速な低下に追いつかないとみられる。炭素価格が入っても、脱炭素電源としての競争力を見る限り、原子力ではなく再生エネが主役になることはほぼ間違いないだろう。
IAEAの統計では21年末現在、日本で33基運用中となっているが、実際に稼働している原発は10基であり、20年の原子力発電比率は4%にすぎない。日本の電源構成で原発は「主役の座」を既に降りている。
さらに原発の今後を占ううえで、重要な経済性について大きな転換点を迎えるデータが21年に経済産業省から公表された。30年時点での新設原発の平均発電コスト比較で、原発は最も低コストの電源ではなくなった。政府による発電コスト比較が公表され始めてから初めてのことであり、原子力の将来を占ううえでも重要な転換期といえる。
経済性悪化の背景には、当然のことながら原発事故の影響がある。経産省の発電コスト検証ワーキンググループの推定によると、事故後の追加的安全対策費は発電コスト換算で1キロワット時あたり1.3円(15年には同0.6円)にのぼる。事故リスク対応費用も同0.6円(15年には同0.3円)に上昇している。
さらに核燃料サイクルコストも上昇している。青森県六ケ所村に建設中の再処理工場の総事業費は、今や14.4兆円(15年には12.6兆円)にのぼるとされ、発電コストに換算すると同0.6円(15年には同0.5円)となっている。これらのコストは今後も上昇する可能性が高く、原発の競争力は改善する見通しが立たないのが現状だ。
政府は21年6月に発表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」で、原子力産業も成長戦略を担う産業として位置づけた。その中で、小型炉や高速炉などの開発が改めて打ち出された。
一方、政府は21年10月、新しいエネルギー基本計画を閣議決定した。この中で原子力発電については前回(18年)と同様、原発事故の反省を踏まえ「依存度をできる限り低減する」ことを再確認した。この一見矛盾する政策が現在の原子力を巡る議論の迷走を生んでいる。依存度をできる限り低減するための具体的な政策は一切示されていない。
さらに高速増殖炉「もんじゅ」の廃止が決定した後も、核燃料サイクルについては議論もされていない。現実は「消極的な現状維持」政策とも呼べる。
政府は30年度の原発比率を20~22%とする目標を掲げるが、とても実現できそうにない。原子力発電を主要電源と位置づける大前提だった経済性も揺らいでおり、もはや原発はいわば「肩を壊したエース」になったことを認識すべきだ。
NHK世論調査(20年11~12月)によると、7割近い国民が原発依存低減を望んでおり、再稼働についても賛成が16%に対し反対は39%にのぼる。国民の信頼は全く回復していない。そうした状況で「脱炭素電源」を担う成長産業と言われても、国民は戸惑うだけだ。
この状況を考えれば、70年代の石油危機以降とってきた「原発拡大」政策から、原子力依存度を低減する方向に明確にかじを切るべき時期が来たのではないか。
具体的には、原発拡大政策の柱だった電源三法、特に立地自治体への交付金制度を見直す必要がある。高速炉と核燃料サイクルの推進を大きな目標としてきた原子力研究開発も、廃炉や廃棄物処理・処分を最大の柱とする方向に転換すべきだろう。使用済み燃料の最終処分の見通しもない現状を考えれば、50年代から維持してきた「全量再処理路線」の見直しも不可避だ。
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原発事故から間もなく11年を迎える。原発事故が残した負の遺産はいまだに重く、国民の負担となっている。何よりも事故炉の廃止措置は、技術的に最も困難な課題であるとともに、経済的にも社会的にも今後40年以上にわたり取り組んでいかなければならない問題だ。福島の復興と避難した被災者の健康、生活、環境回復なども、負の遺産として東京電力のみならず政府が責任を持って取り組まなければいけない課題だ。
こうした負の遺産への取り組みが、本来は原子力政策の最優先課題であるべきだ。事故原因の全貌もまだ明らかになってはいない。これら負の遺産が解消されないまま、原子力を成長産業として位置づけるのは、事故の反省を踏まえた原子力政策とは言い難い。
負の遺産の再評価も含めて原子力発電の現状を客観的かつ総合的に評価し、国民的議論を経て原子力政策を見直す時期が来ている。これまでの評価では、原子力推進を前提とする省庁・機関が中心となっていた。推進・反対のどちらの立場にも偏らず、政府から独立した機関(例えば国会に設置した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)で客観的な評価をすべきだ。
さらに原子力の将来にかかわらず最優先で取り組まなければいけない課題(福島第1原発の廃炉、福島の復興、放射性廃棄物問題、人材確保など)が山積みだ。これらの課題については推進・反対の対立を超えた国民的議論が早急に必要である。このままでは原子力政策は迷走を続けるばかりで、国民の信頼回復も重要な問題の解決も困難だ。
【日本経済新聞】