2011年3月の東京電力福島第1原発事故後に甲状腺がんになった17~27歳の当時福島県内に住んでいた男女6人が27日、発症は原発事故による被ばくが原因として、東電に計6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。「声を上げられない他の患者のためにも、因果関係を明らかにしたい」。原告の女性(26)が取材に応じ、提訴に込めた思いを語った。
「原発が爆発した!」。東日本大震災が起きた翌日の11年3月12日午後。福島県の中通り地方に住み、当時中学3年生だった女性は、祖母から伝えられた。どれだけ危険なのかぴんとこなかったが、母親は「危ないから家の中にいて」と慌てた様子で告げた。それから、近くの畑の野菜や井戸水は口にしなくなった。
4月に進学した近くの高校は、原発から50キロ以上離れていたが、「周囲の放射線量は高い。気をつけて生活をして」と呼び掛けていた。マスクを着けての学校生活だったが、2カ月ほどたつと、「もう大丈夫じゃない?」と言う同級生もいた。マスクを着ける人は減り、女性も周囲に従った。
卒業後は東京都内の大学に進学。2年生になる頃、つばをのみ込む時、喉に違和感を覚えた。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では周辺で子どもの甲状腺がんが増加したことから、福島県は、事故時に18歳以下だった約38万人を対象に甲状腺検査を実施していた。受診すると、気管の近くに腫瘍が見つかった。甲状腺がんだった。医師は「成長すると全身に転移する」と手術を勧めた。ショックとともに、「やっぱり」という気持ちもあった。
翌年、甲状腺の片側を手術で取ると、毎月のように風邪を引くようになった。甲状腺から出るホルモンの量が減ることで免疫が低下した可能性があった。大学卒業後に広告代理店に就職したが、ぜんそくなどを患い休職。体の負担が少ない事務の仕事に転職した。21年からホルモン剤の服用を始めて風邪の症状は出づらくなったが、「残った甲状腺にがんが再発するのでは」という不安は消えない。
女性は、甲状腺がんの原因は被ばくだとずっと考えてきた。県の検査では、女性を含め266人が、甲状腺がんやその疑い例と診断された。だが、県の専門家委員会は事故との因果関係は「現時点では認められない」との立場だ。「治療の必要がないがんまで見つけてしまう『過剰診断』が起きている」と、調査縮小を求める声もある。
女性は、事故の原因追及や被害救済に取り組む弁護団に相談し、原告になることを決めた。原発事故と福島県民の甲状腺がんの因果関係を正面から問う集団訴訟は初めてだ。東電は「誠実に対応する」とするが、裁判では全面的に争う展開が予想される。
提訴後に記者会見した女性は裁判にかける思いを語った。「差別を受けるのではないかと恐怖を感じ、甲状腺がんであることを誰にも言えずに過ごしてきた。声を上げてこの状況を変えていきたい」【毎日新聞】