地球温暖化対策として、欧州で原子力発電を再評価する動きが出るなか、ドイツが「脱原発」を着々と進めている。10年前、日本の原発事故をきっかけにかじを切った。原発の負の側面を直視し、再生可能エネルギーの普及に注力している。
今月末、1基の原発が営業を終える。「笛吹き男」の伝説で有名な西部ニーダーザクセン州ハーメルンから南に約8キロ。人口1万人弱の町エンマータールにある「グローンデ原発」だ。
高さ約150メートルの冷却塔2塔から、白い蒸気が上る。東京電力福島第一原発とは異なる加圧水型炉で、出力は1360メガワット。1984年に稼働後、これまで何度も年間発電量で世界一になったという。
ミヒャエル・ボンガルツ所長は今月1日の記者会見で「発電所の状態は良く、悲しい瞬間だ。私たちは安全で安定した電力を供給するという使命を情熱を持って果たしてきた」と誇った。
22年末に全廃へ
リース州環境エネルギー相は関係者の貢献をねぎらいつつ、「地域で一つの時代が終わる。脱原発は政治的な正しい決断だった」と述べた。今後、長い年月がかかる廃炉作業に電力会社とともに取り組む決意も示した。
ドイツでは、メルケル前首相が前任のシュレーダー政権の脱原発の方針を覆し、原発の「延命」を決めた。ところが約半年後の2011年3月、東京電力福島第一原発事故が起きた。メルケル氏は方針を百八十度転換し、17基あった原発を段階的に止めることにした。現在、稼働するのは6基。発電量の約14%を原発が占める。今月中に3基が停止し、22年末までにすべて止まる予定だ。
今月発足したショルツ政権も、脱原発の方針を引き継ぐ。さらに脱石炭火力のペースも前政権より速め、電源に占める再生可能エネルギーの比率を現状の40~50%から30年までに80%に上げる方針だ。
一方、脱原発を支持する市民は少しずつ減っている。アレンスバッハ世論調査研究所によると、「脱原発は正しい」との回答は12年には73%あったが、21年は56%だった。特に中高年ほど原発を支持する傾向が強かった。気候変動問題への対応で、各国が温室効果ガスの排出が少ない原発を、エネルギー源として再評価し始めている影響もあるとみられる。
フランスは温暖化対応で新設へ
電源の約7割を原発に頼るフランスは温暖化対策や資源高への対応として、最新型の原発を新たに導入する方針だ。今は原発のないポーランドも、40年代をめどに導入をめざす。オーストリアやデンマークは反原発の姿勢で、欧州連合(EU)内の意見は大きく割れる。
こうしたなか、EUの行政機関・欧州委員会は、原発を持続可能で温暖化対策に資する当面のエネルギー源とみなす方向だ。EUが掲げる「50年に温室効果ガスの実質排出ゼロ」を実現するには、避けられないとの判断だ。
ドイツでも、同様の理由で原発の延命を訴える声が根強くあり、市民団体などが運動を続けている。
これに対し、グローンデ原発のおひざ元、エンマータールのドミニク・ペタース町長(32)は「延命などもう遅い。電力会社も行政も誰も再開は考えていない」と言う。行政も企業も廃炉に向け着々と準備を進めており、いまさらすべてをひっくり返すのは「非現実的」との考えだ。
町は長年、原発によって潤い、町民の多くが原発関連の仕事を得た。電力会社からの豊富な税収で学校や消防署、道路などのインフラが整備された。だが、電力会社の再編で税金は主に別の町に払われることになり、ここ20年は恩恵が減っているという。
原発おひざ元、再エネの街に変化
当面は廃炉作業のための雇用が期待されるが、町はすでに原発以外の生き残り策を探ってきた。
約20年前に太陽光発電の研究所を誘致し、太陽光関係の製品開発などを続けている。原発のすぐそばには複数の風車も回る。ペタース町長は「私たちはエネルギーの町として、旧来型から新型へ変化を遂げている」と胸を張る。
グローンデ原発のある地区選出の与党・社会民主党のヨハネス・シュラプス連邦議会議員(38)は「原発が気候に中立とは全く言えない」と話す。ウランなど燃料調達時の環境汚染や、超長期的に影響が残る放射性廃棄物の最終処理のめどがたっていないからだ。「原発と石炭火力を同時にやめていくのは野心的だが、できる。ドイツは他国の手本になるだろう」
ケルンのドイツ経済研究所(IW)のティロ・シェーファー研究員(環境・エネルギー・インフラ担当)は「原発は短期的には収益性があり、温暖化ガスの削減に資する」としつつ、放射性廃棄物の処理や廃炉にかかる費用などを長期的にみれば「原発のコストは安くはない」と指摘する。「ドイツが原発をやめた最大の理由の一つに、放射性廃棄物の最終処理の問題が解決されていないことがあるだろう」と話す。【朝日新聞】