経済産業省が公表した発電コストの試算に疑問の声が上がっている。原子力は2030年時点で1キロワット時あたり11.7円以上とし、陸上風力などと並んで安い電源とされる。ただ原子力発電所の建設費が膨らみ、再稼働が想定通りに進まない場合は19円前後に上昇する可能性がある。原子力は安価な電源として国が普及を促してきたが、その土台が揺らぐ。
「コスト2倍も」
発電コストは、新設した場合の建設費や燃料費といった総費用を、運転期間中に想定される総発電量で割って算出する。経産省が15年以来6年ぶりに公表した試算では、30年に事業用の太陽光が8.2~11.8円となり、最も安い電源とした。続いて陸上風力(9.8~17.2円)や液化天然ガス(LNG)火力(10.7~14.3円)、原子力などとなっている。
原子力について経産省は「(東京電力福島第1原子力発電所の)事故対応費用が今後増える可能性がある」としてコストの上限を示していないが「全体の中では低廉だ」(梶山弘志経済産業相)としている。これに対し、都留文科大学の高橋洋教授は「前提を変えればコストが2倍に上がる可能性がある」と話す。
例えば建設費は東日本大震災前の原発を参考に1キロワットあたり40万円で計算し、追加の安全対策費用を別に計上している。ただフランス電力公社(EDF)が建設中の英国ヒンクリーポイント原発やフランスのフラマンビル原発は100万円前後に高騰。米ウエスチングハウスが手掛け、親会社だった東芝の経営危機の一因となった米ボーグル原発は足元でもコストが膨らみ、130万円程度と見込まれている。
欧米の原発新設では軒並み工期が遅延し、費用が膨らんでいる。次世代技術を使うほどコストがかかるという側面もある。新型炉では耐衝撃性を高め、炉心溶融(メルトダウン)が起きても大事故になりにくい仕組みを導入する。中国や韓国、ロシアの原発メーカーが安値で受注する例もあるが、国内メーカー関係者は「どう採算を確保しているか見当がつかない」と語る。
経産省の試算では、原発がある自治体への電源立地地域対策交付金や技術開発などの政策経費も総費用に含めている。ただ国内の原発の大半が稼働するとの前提で計算しており、もし再稼働が想定通りに進まない場合は、稼働中の1基あたりのコストが上がる。
では前提条件を変えるとどうなるのか。経産省の発電コスト検証ワーキンググループが公表している計算式を使って試算した。建設費が100万円の場合、発電コストは17.4円となる。さらに稼働する原発が経産省の想定の半分にとどまると、18.9円になる。これは陸上風力や地熱(16.7円)を上回る水準だ。
英は「高値」保証
経産省は福島第1原発の事故対応費用を約23.8兆円と仮定して計算しているが、日本経済研究センターは35兆~81兆円かかると推計する。経産省が稼働率を高く見積もっているという批判もあり、京都女子大学の諏訪亜紀教授は「原子力のコストをできる限り低く見積もる前提で試算している」と指摘する。
再生可能エネルギーが安価な欧州では原子力の位置づけが揺らぐ。政府が原子力由来の電力について高値買い取りを保証する制度を導入した英国では、国民負担が膨らむことへの批判が多い。フランスでは再生エネに比べて安いのかが論争になっている。
再生エネが十分に浸透せず、これまでのように石炭火力に頼るわけにもいかない日本では、安定供給と脱炭素との両立に向けて当面、原発を使い続けるしかないとの見方は多い。自民党総裁選に出馬した4人全員が安全な原発の再稼働を容認する姿勢を示してもいる。
一方で新設を経験した技術者の高齢化は進み、「技術伝承に残された時間はわずか」との声もくすぶる。総裁選を勝ち抜いた新しい首相は、電力供給の安定性やコストなど多方面から原子力の位置づけを改めて点検する必要がありそうだ。【日本経済新聞】