東京電力福島第一原発の事故後、原子力防災の仕組みは大きく変わった。最大のポイントは住民避難だ。市町村に避難計画の策定を義務づける範囲は、以前の「半径8~10キロ圏」が「30キロ圏」に拡大された。原発からの距離や放射線量に応じ、住民は避難と屋内退避を使い分けるよう求められる。福島の教訓はどう生かされ、何が課題なのか。東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センターの関谷直也准教授に聞いた。
――国は原発で冷却機能喪失のような大きな事故が起きた場合、半径5キロ圏はすぐ避難し、5~30キロ圏は一定の線量に上がるまで屋内退避を原則とする方式に改めた=キーマーク。
「福島の事故では、線量に関係なく発生後1日あまりで避難指示が20キロまで広がり、高齢者が亡くなる関連死も相次いだ。交通渋滞などの混乱や避難中の無用な被曝(ひばく)を防ぐため、まずは5キロ圏の住民を優先して避難させるため5キロ以遠はできるだけ避難しないで、とお願いする仕組みだ」
――5キロ以遠では毎時500マイクロシーベルトですぐ避難、同20マイクロシーベルトで1週間以内に一時移転となった。福島第一原発では、1号機の水素爆発の7分前に敷地境界で毎時500マイクロを超えた。そこまで避難しないで待機できるだろうか。
「福島事故を後から振り返り、そんなに避難する必要はなかったと言えるかもしれない。だが、2号機の格納容器や4号機の燃料プールの危機もあった。次の事故が福島以上か以下かはわからない。住民が最悪の事態に備え、念のため避難するのも合理的な行動だ」
「実際、柏崎刈羽原発がある新潟県などでは『なんで避難しちゃいけないの?』と不安に思う人も一定程度いる。福島の事故では多くの区域外避難が出た。5キロ圏外からも多くの避難者が出ることを前提に対策を立てる必要がある」
「一方、すぐに避難する地域を狭めることで、対処できることが増える側面もある。福島の事故では、浪江町請戸地区で津波被災者の捜索が打ち切られた。線量が高くない地区での救助活動や、捜索を続ける選択も可能になる」
――屋内退避を重視する仕組みの課題は?
「複合災害の教訓が反映しきれていない。2004年の中越地震や16年の熊本地震では余震が続き、車中やテントで過ごす被災者が多かった。地震時の屋内退避はそもそも難しいことに加え、コロナ禍では『密』対策も必要となる」
――国は「放射性物質の放出を正確には予測できない」として、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)を避難に使わない方針に転じた。
「予測を活用すれば少しでも早く備えられる。ないよりあった方がいい。自然災害でも、たとえば洪水の心配がある時、気象情報をもとに念のため避難することがある。新潟県は東電の拡散予測システム『DIANA(ダイアナ)』のデータを避難や屋内退避に活用する計画だ」
――福島の事故では飯舘村など30キロ以遠の一部にも避難指示が広がったが、国は30キロ以遠で避難計画の策定を義務づけていない。
「事故後、原発の規制基準は厳しくなった。その結果、想定する放射性物質の放出量が少なくなり、避難の範囲を大きくする必要がないという考えのようだ。だが、住民の安全を最優先に考える自治体からすれば、事故が進展したらどうすればよいのか考えるのは当然で、その対策が抜け落ちてしまっている」
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せきや・なおや 1975年新潟市生まれ。2004年、東京大学大学院博士課程満退(社会情報専門分野)。原発事故後、政府事故調の政策・技術調査参事。新潟県「原子力災害時の避難方法に関する検証委員会」委員長として福島事故の検証を続ける。
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〈原発事故での避難基準〉
原子炉を冷やせなくなるなどの「全面緊急事態」で、5キロ圏の住民は原則すぐに避難する。30キロ圏の住民はまず屋内退避。空間線量が毎時500マイクロシーベルトを超えると住民はすぐに避難、毎時20マイクロシーベルト超で1週間以内をめどに一時移転することになっている。
【朝日新聞】