原発事故後の福島県内の被曝リスクや行政の怠慢を正面から問うた「子ども脱被ばく裁判」の判決が1日午後、福島県福島市の福島地裁203号法廷(遠藤東路裁判長)で言い渡された。福島県内の市町に「安全な環境での教育」を、国と福島県には「子どもたちに無用な被曝をさせて精神的苦痛を与えた事に対する損害賠償(1人10万円)」を求めた原告の請求を遠藤裁判長は全て棄却。福島県内の被曝リスクや行政の不作為などを否定する判決に原告の女性は泣き崩れ、裁判所周辺では支援者らの怒号が飛び交った。
【「被曝する具体的な危険無い」】
自らが下した判決に自信が無いのか、遠藤裁判長はマイクを通しても良く聴き取れないような小さな声で、早口に主文を読み上げた。わずか1分ほどで閉廷。判決の理由すら示されなかった。
2014年8月29日に提訴されたこの裁判はA「行政訴訟」(通称・子ども人権裁判)とB「国家賠償請求訴訟」(通称・親子裁判)と2つの訴訟を併合し、同時進行で進められてきた。Aでは、福島県内の公立の小・中学生(原告)が、福島市や川俣町、郡山市、田村市、いわき市(被告)に対し、安全な環境の施設で教育を実施するように求めた。
判決で遠藤裁判長は、「安全な地域における教育の実施を求める作為の給付請求」を「請求の特定性を欠いている」として、「安全な地域において教育を受ける権利があることの確認請求」も「確認の利益を欠いている」として却下(弁護団の井戸謙一弁護士は「門前払い」と表現)。
「(子どもたちが)通学している学校施設において教育をしてはならないことを求める不作為の給付請求」については、「年20mSv基準は直ちに不合理とはいえない」、「ICRP2007年勧告等に依拠した放射線防護措置は直ちに不合理といえるまでの状況にあるとはいえない」、「甲状腺検査(県民健康調査)によって発見された甲状腺がんの症例増加が、本件原発事故に伴う放射線の影響によるものであると認めるには足りない」、「原告らが通う公立中学校については、除染・改善措置を講じながら、当該学校施設において教育を実施することは可能」などと列挙したうえで、「教育委員会の裁量権を逸脱、濫用した違法があるとはいえず、人の健康に維持に悪影響を及ぼす程度の放射線に被ばくする具体的な危険が存在するとも認められないから、原告らの生命、身体に係る人格権に対する違法な侵害があるとは認められない」の棄却した。
閉廷後の記者会見で井戸謙一弁護士が手にした判決文は非常に分厚いものだったが、原告側の主張をごとごとく一蹴。柳原敏夫弁護士は〝山下発言〟に関し「山下氏本人が書いたのではないかと思えるような〝応援団判決〟だ」と批判した
【山下発言「平易に説明した」】
Bの国賠請求では、2011年3月11日当時、福島県内に居住していた親子が原告。国と福島県の『5つの不合理な施策』(①SPEEDIやモニタリング結果など必要な情報を隠蔽した②安定ヨウ素剤を子どもたちに服用させなかった③それまでの一般公衆の被曝限度の20倍である年20mSv基準で学校を再開した④事故当初は子どもたちを集団避難させるべきだったのに、させなかった⑤山下俊一氏などを使って嘘の安全宣伝をした)によって子どもたちに無用な被曝をさせ、精神的苦痛を与えた事に対する損害賠償(1人10万円)を求めた。
判決では、これについても福島地裁は「5つの不合理な施策」を1つ1つ否定。
「当時、実際の年間追加被ばく線量は、暫定的目安の上限値である年間20mSvを大きく下回ると推計されていたことにも鑑みると、種々批判もあるとはいえ、目的・方法・効果のいずれの点においても不合理とはいえない」
「本件原発事故当時の防災指針における避難等に関する指標は、放射線に対する感受性の強い子どもに合わせて統一されたものであり、ICRPやIAEAの国際的基準に照らしても合理性を有する」
「(山下氏の講演会などでの発言は)一般聴衆に対する誤解を招く内容や不適切な表現を一部に含むものではあったが、放射線の健康被害に関する科学的知見を一般の参加者向けに平易に説明したものであり、原告らが主張するような評価(放射線の健康被害に関する科学的知見に著しく反する内容であるとか、混乱を避け福島県の経済復興を最優先課題とする発言であるなど)は相当ではなく、一部の発言については訂正し、積極的に誤解を与えようとする意図はうかがわれない」
などとして、「国や福島県には国家賠償法上の違法事由はいずれも認められない」と請求を棄却した。
原告団長の今野寿美雄さんは「子どもを守らない未来なんてありゃしないんだよ!ふざけるな!」と裁判所に向かって叫び、女性原告は涙を流した。光前幸一弁護士は「全体的に歯切れが悪いというか読んでいてスッキリしない判決」と話したが、表情が判決の不当性を物語っていた
【「リスク前提に対策するべき」】
そもそも国や福島県が避難指示の有無に関わらず被曝回避のための避難を積極的に奨励していればこのような裁判は必用無かった。福島市や郡山市などが学校単位などでの集団避難・集団疎開を実施していれば、少なくとも初期被曝は避ける事が出来た。
しかし、福島地裁はセシウム含有不溶性放射性微粒子(CsMP)を吸い込む事による内部被曝も含めて被曝リスクを全面的に否定。国や福島県、教育委員会の対応を是認した。弁護団長の井戸謙一弁護士は「CsMPによる内部被曝を考慮に入れなくても裁量権の逸脱・濫用は無いという事のようです。子どもの健康の問題ですから、どちらか良く分からないのであれば、リスクがあるという前提で対策を講じるべきなんです。これを国際的には『予防原則』と言います。リスクがあるかどうか良く分からないから、リスクがあるという前提で対策を講じるべきなんです。判決にはそういう発想が微塵も感じられません」と批判した。
「本来、子どもたちの健康はどのような環境下で守られるべきなのか。日本には学校教育法、学校保健安全法、それに基づく学校環境衛生基準があります。それによって子どもたちの健康が守られている。放射性物質についても、ICRPの2007年勧告から議論を立てるのではなく、学校環境衛生基準の側から基準を設定して子どもたちを守るべきだという主張をしてきたわけですが、少なくとも判決要旨を読む限りではそれについての記載は無い。2007年勧告という一応の基準があるから、裁量権の逸脱・濫用は無いんだという内容。考え方が逆だと思います」
閉廷後の記者会見で、15歳の息子とともに原告に加わった長谷川克己さん(福島県郡山市から静岡県に避難・移住)は「ここまでの判決だとは思わなかった。こんな不実・不正な事が起こっても正しい事は通る、と息子に伝えられると思っていた。正直すぎると馬鹿を見るような事は決してあってはいけない。お父さんはこれからもそうやって生きていくと彼には伝えたい」と話した。
福島市のの男性原告は「無用な被曝をさせられたのは言い逃れできない事実。本筋に踏み込まなかった判決で、こういう不正義を許してはいけない」。郡山市の横田麻美さんは「言葉が見つからない悔しいとか怒りというよりはポッカリ穴が開いてしまった感じ。自分たちの正しさはこれからも言葉に出していきたい」と話した。【民の声新聞】