2011年の東京電力福島第一原発事故で、環境中に放出された放射性物質はどこへ行き、どう動いたのか。長期にわたる調査研究が続けられている。森林、河川、淡水魚。見えてきた特徴から、将来の姿を予測できるかもしれない。
森林の表土が「吸収源」に
事故で出た放射性物質のうち、行方が特に注目されているのがセシウム137だ。放射能が自然に半分になる「半減期」は約30年と長めで、放出量も多かった。福島第一原発がある県東部は森林が多く、陸地に飛散したセシウムのほぼ7割は森林に沈着したとみられている。
8月下旬、日本原子力研究開発機構と筑波大の研究者らの案内で、同県浪江町の森林に入った。原発から北西に約20キロ。立ち入りが制限される帰還困難区域に含まれる。空間線量率は毎時7マイクロシーベルト(昨年11月時点)。最近の福島市街と比べると、50倍を超える高さだ。
傾斜が急なスギ林に着くと、ハンモックのように張られた1メートル四方の白いネットや、木の幹に取り付けたホースにつないだタンクが置かれていた。ネットは木から落ちる枝葉を、タンクは木の幹を伝って流れてくる雨水を集めるもので、これらを回収して放射能濃度を測る。
事故から9年半で住宅地や田畑は除染が進んだ一方、森林はほぼ手つかずだ。森林に蓄積した放射性物質が人の生活圏に出てきて空間線量率が上がったり、食べ物に取り込まれたりしないか――。そんな懸念を受けて、原子力機構は2012年から、福島県内の森林や河川の調査を続けている。
セシウムは森林のどこにあるのか。17年、同県川内村のスギ林で分布を調べたところ、幹や枝葉に含まれるのは2%にとどまり、残り98%は土や地表に落ちている枝葉に集まっていた。
では、土や地表の枝葉に集まったセシウムはどこへ行くのか。原子力機構や筑波大が11~19年、同県川俣町のスギ林で分布の推移を調べると、当初は地表の枝葉に多く含まれていたのに、年を追うごとに深さ3センチまでの土の割合が増えていった。一方、3センチより深い土中の割合はあまり増えなかった。
理由について、原子力機構福島研究開発部門の飯島和毅・環境影響研究ディビジョン長は「地表の枝葉の層は分解されて溶け出すセシウムが多いが、土の層はセシウムが土に強く吸着して、下に動かない」と解説する。土に含まれる粘土鉱物が、セシウムとくっつきやすい分子構造だからだという。「将来も表土にとどまり、森林がセシウムのシンク(吸収源)になるだろう」と飯島さんは話す。
森林に蓄積したセシウムは、ほとんど外に出ないこともわかってきた。13~18年に川俣町と川内村の森林で実施した調査では、降雨時などに水や土と一緒に流出するセシウムの量は、いずれの年も森林に沈着したうちの1%未満だった。
川では濃度急減
森林にたまったセシウムは川の濃度に影響を及ぼしている。
原子力機構が15~17年度、福島第一の北を流れる請戸川と太田川を調べると、川の水に溶けたセシウム濃度は半減期の約10倍速いペースで減っていた。セシウムは森林の落ち葉などから「供給」されているとみられる。その落ち葉などに含まれる量が減ったため、濃度の減少が速いと考えられるという。
2河川とも、濃度は夏に高く、冬は低めだった。夏は落ち葉などの分解が活発で、川に溶け出すセシウムが多くなるためとみられる。ただ、濃度は飲料水基準(1リットルあたり10ベクレル)より十分に低く、「飲料水、灌漑(かんがい)用水として問題ない」(原子力機構の飯島さん)という。
豪雨があると、セシウムがついた流域の土砂が川に流れこみ、海への流出が増える。ただ、その流出量をダムが抑えていることもわかってきた。
原子力機構は、豪雨があった15年度、福島第一周辺の7河川で海への流出量を調べた。水に溶けたり水中の土砂についたりした状態で川から海に流れ出たセシウム量を、流域の沈着量で割った流出率は、ダムのない4河川で0・1~0・5%台、ダムのある3河川は0・1%未満だった。川の水はダムに入ると流速が急激に落ちて、セシウムが付着した土砂は沈んでダムの底にたまるからだという。
筑波大などのチームは、事故から15年夏まで、河川のセシウム濃度を継続的にモニタリングした。その結果、水田、畑、都市域などの人間活動の影響がある地域から流出するセシウム濃度が大きく低下していることがわかった。筑波大アイソトープ環境動態研究センターの恩田裕一センター長は「水田や畑などに利用されることで、地表面の高濃度のセシウムが、かき混ぜられて深い部分に移動する。そのため川に流れていく濃度は低くなる」と分析している。
重い魚ほど濃度が高い傾向
福島県内の川や湖でとれる淡水魚は、海水魚よりセシウム濃度が高い傾向がある。川のセシウムは、多く蓄積する森林から少しずつ「供給」が続くため、隔てるものがなく拡散が進みやすい海と比べると、濃度の低下はゆっくりになるからだ。
実際、福島沖の魚介類はすべての魚種で放射性物質の基準値を継続的に下回り、出荷制限が解除されたのに、アユやイワナ、ヤマメなどの淡水魚は、県内の一部地域で出荷制限が続く。
魚種によって、セシウム濃度に違いがあることもわかってきた。国立環境研究所福島支部の石井弓美子主任研究員(生態学)らは、県内の川や湖で淡水魚に含まれるセシウムのデータを分析。川も湖も、魚の体重が重い魚種ほど、セシウム濃度が高い傾向があった。例えば、南相馬市を流れる真野川では、比較的体重が重いコクチバスの方が、軽いドジョウに比べて濃度が高い傾向があった。
重い魚は、小魚を食べるなど食物連鎖の上位にあり、エサに含まれるセシウムがたまっていくことや、セシウムが体から排出される速度が遅いことが、理由として挙げられるという。石井さんは「魚のセシウム濃度が環境中の何に影響を受けているかを詳しく知ることで、濃度の減り方の予測につなげたい」と意気込む。(福地慶太郎、今直也)
解説や資料、情報サイトで
原発事故で放出された放射性物質に関する情報は、原子力機構の「福島総合環境情報サイト」(https://fukushima.jaea.go.jp/ceis/別ウインドウで開きます)でまとめられている。一般向けの分かりやすい解説から、モニタリングデータや研究論文など専門家向けの詳しい資料まで調べることができる。
出荷制限続く山の恵み
山間部の森林でとれる野生のキノコやコシアブラなど一部の山菜は、「1キロあたり100ベクレル」という基準値を超える放射性物質が検出されることもあり、現在も福島県の多くの自治体で出荷制限が続いている。畑や水田などの農地と違い、森林はほぼ除染されていないことが原因にあると考えられる。【朝日新聞】