専門家に聞く、関電「金品授受問題」の本質
関西電力で原子力発電をめぐって多額の金品授受の実態が判明してから1カ月が経った。同社の八木誠会長が10月9日付で辞任するなど、役員の引責辞任に発展した。
これまでに判明した事実によれば、福井県高浜町の元助役で、原発工事の発注先企業の相談役や顧問などを務めていた森山栄治氏(故人)から、同社の原子力事業本部の担当役員らが多額の現金や商品券、仕立券付きスーツなどを長年にわたって受け取っていた。
それだけにとどまらず、岩根茂樹社長らトップも就任祝いなどの名目で金貨などを受領。これらの事実は、工事発注先企業への金沢国税局による税務調査(査察)によって発覚したが、「不適切ではあるが違法ではない」(岩根氏)などと判断して、9月下旬に事実関係が報道されるまで公にしてこなかった。
電力業界を揺るがすこの問題の影響はどこまで広がるのか。エネルギー政策や電力会社の経営に詳しい、東京理科大学大学院の橘川武郎教授にインタビューした。
取締役の善管注意義務違反の可能性も
──今回の不祥事の本質をどう捉えていますか。
コーポレートガバナンスの観点から見た場合、まったく弁解の余地がない。森山氏の影響力が大きく、いかに特殊な事情があったにせよ、森山氏の死去後の6月の株主総会においてすら事実を公表しなかったのは極めて問題だ。
関西電力の首脳は「法律違反には当たらない」などと述べているが、取締役の善管注意義務に違反しているのではないか。原子力の推進に影響が生じ、長期的に企業価値を下げる可能性があることは明らかだ。
──株主総会までに関電が自発的に明らかにしていたらどうなっていたでしょうか。
岩根社長が辞任に追い込まれる事態は避けられたかもしれない(注:岩根氏は第三者調査委員会の報告書受領を踏まえて辞任すると、10月9日に表明した)。受領したこと自体は問題だが、岩根氏が就任祝いとして受領した150万円相当の金品と、豊松秀己・元副社長ら原子力事業本部の幹部が受け取っていた1億円相当とでは意味合いが異なる。
自身を含めてきちんと事実関係を明らかにし、きちんと社内処分をしたうえでその内容を公表していれば、(経営陣の)総退陣というボロボロの姿にはならずに済んだかもしれない。岩根氏自身は短期政権で終わったかもしれないが、次の体制に引き継ぐ余裕は今よりあったかもしれない。
──森山氏が金品を配った動機をどのようにみていますか。
電力会社は、「立地対策」としてさまざまな形で地元にお金を流してきた。これは関電に限らず、ほかの電力会社でも共通している。一方、今回の場合、なぜ電力会社の幹部に地元の関係者から金品が流れたかだ。
森山氏には、通常のルールでは40年で廃炉になる高浜1、2号機を存続させようという動機があったのではないか。40年を超えて稼働を続けるには、安全対策に多額の投資が必要になる。
一方、稼働延長は、既設の原発を閉鎖して建て替える「リプレース」と比べた場合、危険性の低下には限界がある。
関電にとってベストな選択は、高浜1、2号機の稼働延長ではなく、(高浜とは別の拠点である)福井県美浜町にリプレースとして4号機を建設する方法だったと思う。セカンドベストは、現在、存在している原発のリプレースをせずに、高浜1、2号機よりも出力が大きく、相対的に新しい大飯1、2号機の稼働期間を延長する方法だ。
これらの方策でもなく、年数のより古い高浜1、2号機の稼働延長を決断したことと、金品の受領にどのような関係があったのか。新たに設置された第三者調査委員会によって解明されるべきだ。
森山氏にとってみると、高浜1、2号機が稼働し続けることは、地元での仕事を増やすことになるとともに、自らの利権の維持につながる。反面、関電にとっては、経済合理性の観点から疑問がある。
「ゲームチェンジャー」がいなくなった
──今回の不祥事が原子力政策に及ぼす影響は。
極めて大きく深刻だ。3月に私が原子力発電部門のトップを務めていた豊松氏(当時)に会った際、「今年中には絶対に美浜でのリプレースを明らかにしますよ」と断言した。今になって思えばどこまで本気の発言だったのか疑問もあるが、その豊松氏が株主総会を機に退任し、今回不祥事が発覚して処分された。
原発の新設やリプレースに首相官邸や経済産業省が及び腰であり続けている中で、それを言い出せるのは、原発事故で東京電力なき後の盟主ともいえる関電しかなかった。ところが、そうしたゲームチェンジャーの役割を担うはずの人たちが、豊松氏を含めて皆いなくなってしまった。このことは、原発の今後に計り知れない影響を及ぼす。
政府は2050年までに温室効果ガス排出量の8割削減の方針を掲げるとともに、原発を脱炭素化の有力な選択肢の一つだとしている。そのためには原子力の発電能力を維持しなければならない。目標の実現は古い原発を閉鎖するとともに、新しくて危険性が相対的に少ない原発へのリプレースなしでは不可能だ。
それが今回の不祥事によって困難になってしまった。このままでは稼働期間を終えた原発が消えていく一方でリプレースも進まず、原子力はやがて野垂れ死にするのではないか。
橘川武郎(きっかわ たけお)/1951年生まれ。東京大学教授、一橋大学大学院教授などを経て、2015年から東京理科大学大学院教授。総合資源エネルギー調査会委員。新著(共著)に『LNG 50年の軌跡とその未来』
【東洋経済オンライン】