電力会社が再稼働を続けてきた原子力発電所が、停止を迫られています。理由は「テロ対策施設」の設置の遅れです。2013年の新規制基準で設置が求められたものですが、電力会社は「設置期限に間に合わない」といいます。これに対し、規制委は「見通しが甘かったのでは」と厳しく批判。期限を守ることを求めました。工事が期限に間に合わず、来年3月に川内原発1号機(鹿児島県)の停止に追い込まれる九州電力の事情から、一連の混乱の背景を探りました。
打ち砕かれた望み
その日、九電など電力会社の幹部は、規制委が「特例」を認めてくれると一筋の望みをかけていた。もし認められなければ、今動いている原発を止めなければならなくなる。そんな事態は避けたい。しかし、そんな望みは打ち砕かれた。
「(設置期限の)満了日までに完成できないと主張するなら、もっと早い段階でいくらでも(報告する)機会があった」。規制委の更田豊志委員長は会合後の会見で、そう語った。この6月12日の会合で規制委は、テロ対策施設の完成が間に合わなかった原発は、期限の翌日から停止させることを決めた。
全国の原発ではテロ対策施設の設置期限を、川内1号機の20年3月を皮切りに、続々と迎える。しかしいずれも1~2年超の遅れが避けられなくなっていた。
原発を止める事態に陥れば、燃料費がかさむ火力発電所を動かさなければならず、収益悪化は避けられない。だからこそ各社は「特例」に期待したが、かなわなかった。「ここまで規制委にとりつく島がないとは」(九電幹部)。これで、20年3月の期限に間に合わない九電の川内1号機が止まることが確実になった。
テロ対策施設とは
そもそもテロ対策施設とは何か。
テロ攻撃を受けた際に放射性物質が外部に広がるのを抑える施設で、東京電力福島第一原発の事故後、13年の新規制基準で設置が義務づけられた。原子炉本体から離れた場所に設置し、冷却水を注ぐなど、遠隔で原子炉を制御する装置が置かれる。テロ対策施設は「特定重大事故等対処施設」(特重)と呼ばれる。
すでに関西電力、四国電力、九州電力が原発を再稼働させ、特重の建設も進んでいるはずだった。
ところがこの3電力は今年4月17日、完成が期限に間に合わないと、規制委との会合でそろって明らかにしたのだ。
工事はすでに2交代、24時間連続で進めている。それでも、固い岩盤や山の掘削が必要になるなど、工事が大規模になっている――。工事計画の審査を進めるなかで安全性を高めた結果、間に合わなくなったと主張し、期限の延長などの特例を実質的に求めた。
新規制基準下で初めて、川内1号機を再稼働させた九電は、特重の審査でも先頭に立っていた。
九州電力の思惑
九電が川内1号機の特重の基本設計を提出したのは、15年12月。それから詳細な工事計画の審査が終わるまでに3年を費やした。「航空機の衝突にも耐える」というこれまで経験がなかった施設の設計。九電幹部は川内1号機の審査を、「どういう対策がどこまで必要なのか。規制委とお互いに手探りの状態だった」と振り返る。
今年4月、関電と四電とともに、特重の完成が間に合わないと明かした規制委との会合で、九電の豊嶋直幸・取締役常務執行役員は、これまでの審査の時系列を淡々と約4分、説明した。九電関係者は「審査は九電が初めてで、時間もかかった。最善は尽くした、と暗に情状を求めたのでは」と推し量る。
しかし、わずか1週間後の4月24日、規制委は電力会社の主張を一蹴し、期限に間に合わない原発は停止させる基本方針を確認した。
「地盤がどういうものかは審査で彼ら(電力会社)が立証している。工事が始まったら固かったという説明は通らない」「審査が予想以上に長かったとは思っていない」。会合後の会見で、更田委員長は厳しい言葉を並べた。
規制委の事情
規制委にも簡単に延長を許せない事情があった。
特重は当初、13年の新規制基準の施行から5年以内に完成させることが求められていた。しかし原子炉本体の再稼働の審査が長引き、特重の審査や着工を期限に間に合わせることは困難になった。そのため規制委は、「原子炉本体の工事計画認可から5年」と、特重の設置期限を事実上延ばしていた。
今回も延長を認めてしまえば、「電力会社に甘い」という批判を浴びかねない。
さらに規制委は、電力会社の姿勢にも疑念を抱いていた。
電力会社は、特重の工程に変更があれば、原子力規制庁に報告しなければいけないが、3社から遅れの申請はそれまでなかった。
九電の場合、特重の工事計画を3分割して、それぞれ規制委から認可をもらっている。認可を得た工程から着工し、少しでも早く完成させるためだ。川内1号機の特重は2月に3分割目の工事の認可をもらっていた。
それが4月になってから、規制委との会合で工事の遅れを報告した。認可後わずか2カ月で遅れがわかるなら、認可を得た2月時点で遅れは把握できたのではないか。
そんな疑問に対し、九電の池辺和弘社長は4月末の会見で、川内2号機の特重の工事認可が4月に得られたことを挙げ、「1、2号機は共用の部分もあり、(工事の)全体像を把握するには(2号機で最後の認可が下りた)4月12日が起点だった」と説明した。
一方、規制庁関係者は「最後に残っていた審査は、基本的に1、2号機別々の工事だったはずだ」と九電の説明を疑問視する。
3社そろっての訴え、裏目に
電力業界の関係者は、4月に電力3社がそろって工事の遅れを訴えることに意味があったのではないかとみる。「3社でそろって訴えることで、各社の問題ではなく、そもそも規制委が決めた設置期限に無理があったことを言いたかったのでは」と推測する。
だが、3社そろっての訴えは、結果的に裏目に出た。規制委の更田委員長は「工期に影響が出るようであればその時点で伝えられるべきもの」と疑問を投げかけ、「(工事の見通しだけでなく)規制当局の出方に対しても甘かった」と断じた。
九電は11年の東電福島第一原発の事故後、原発停止で火力発電の燃料費がかさみ、最終赤字に転落。その後の原発再稼働で収益を改善させた。ただ、19年3月期決算では2兆円超の売上高に対し、純利益は309億円にとどまる。
九電は昨年までに、川内原発、玄海原発(佐賀県)の4基をすべて再稼働させ(廃炉分を除く)、目標にしてきた「原発4基態勢」を実現。さらなる利益率の向上を図るはずだった。
そんな中で、特重の建設遅れによる原発停止で、想定外の経営リスクを抱えることになった。池辺社長は「一過性のものであり、稼ぐ力に影響するわけではない」というが、楽観はできない。
原発が止まればその分、火力発電所に頼ることになる。川内原発の場合、1基あたり年間480億円の燃料費増につながる見込みだ。ある幹部は「4基態勢を実現して攻めていこうというときに、経営には相当なインパクトだ」と受け止める。
今後は川内原発2号機でも、特重の設置期限が来年5月に迫る。2号機も停止を迫られれば九電はさらに苦しくなる。規制委に「甘い」と断じられた見通しの結果が、今後問われることになる。【朝日新聞】