原発処理水、迫る対応期限
東京電力福島第1原子力発電所の敷地から出る汚染水をどう処分するかで判断の先送りが続いている。浄化した処理水を海へ放出する案が一時浮上したが、風評被害を懸念する漁協などが反発。4月に世界貿易機関(WTO)が福島県などの水産物を輸入禁止にする韓国の措置を容認したことも追い打ちをかける。たまり続ける処理水は、早ければ4年後に敷地内で保管できる量を超える見通し。対応を決める期限は近づいている。
福島原発の敷地内には、すでに113万トンの処理水がたまる。2011年の事故で放射性物質が飛び散り、原子炉を冷やす水のほか、原発内に入り込んだ雨水や地下水が汚染水になっている。
汚染水は18年度も1日平均約170トン、年間約6万トン発生した。東電は専用装置で放射性物質を除去し、原発内に建てたタンクに保管している。
浄化済みといっても、放射性物質をゼロにできないことが意見の対立を生む。トリチウムという物質は水に取り込まれ、完全な除去が難しい。
トリチウムは運転中の原発でも生じる。放射線の影響が小さいとして日本を含む世界では海への放出が認められている。
原子力規制委員会は福島原発の処理水について「薄めて海洋への放出が最も合理的」(更田豊志委員長)との立場だ。政府や東電も、費用対効果などから海への放出が妥当と考える。
しかし処分法を議論する経済産業省の有識者会議は、18年12月以降、開かれずにいる。福島県の漁業関係者を中心に放出への反対論が根強いためだ。
WTOの上級委員会が4月、福島をはじめとする東北地方の水産物の輸入を規制する韓国の措置を事実上認める報告書をまとめ、WTOで採択されたことも影響を与えた。
「反対だ」。4月中旬、全国漁業協同組合連合会の岸宏会長は処理水の処分について記者団に聞かれ、強い口調で語った。
農林水産省の調査では、福島県のヒラメの水揚げ量は震災後にほぼゼロだったが、17年にようやく震災前の半分まで回復した。原発事故後、54の国・地域が日本産食品の輸入規制を導入。香港や中国、台湾などがいまだ規制を続けるが、現在は23に減った。
農水省にとって、WTOの判断は「想定外」(幹部)。風評被害が再び広がり、復興に水を差すとの懸念がある。東京大が18年末に消費者に聞いた調査では、処理水が流されたら福島県産の水産物を買いたくないとの回答が2割を超えた。
福島県漁業協同組合連合会災害復興プロジェクトチームリーダーの八多宣幸氏は「風評を助長するような処理はやめてほしい。県漁連はタンクでの保管を望む」と話す。
猶予はない。既に原発の敷地内に並ぶタンクの数は約1千基に達する。現時点でタンクの建設計画は20年末までで、全容量は137万トンだ。処理水が増えれば単純計算で4年程度で満杯になる。東電は「敷地がなく、タンクの増設は難しい」という。保管が長引けば、廃炉作業を妨げる。
仮に海へ流す場合でも、審査や処理水を海に流す配管建設などに1年以上は要する。今すぐ判断しても実現は東京五輪・パラリンピック後だ。
経産省の有識者会議は、大気中に蒸発させたり深い地層に注入したりする処分法なども検討してきた。
だが、いずれも技術が未熟かコストがかかりすぎる。政府関係者は「海洋放出が一番現実的だ」とし、「地元と協議し、理解を得ながら進めるほかない」と明かす。
経産省は6月にも有識者会議を再開する。結論を出せるかどうか正念場を迎える。
【日本経済新聞】