関西電力が「原発リスク」の再浮上に揺れている。原子力発電所の再稼働による採算改善を武器に大幅値下げで新電力などに奪われた法人顧客を取り返してきた。だが、原子力規制委員会が4月、原発のテロ対策施設が期限内に完成しなければ原則、停止命令を出すと決定。対策の遅れを表明した関西電株には売りが殺到した。「電力の勝ち組」という評価はぐらつき、業績と株価の先行きに暗雲が漂う。
テロ対策施設の完成遅れを表明したのは関西電、九州電力、四国電力の3社だ。関西電は再稼働を決めている全7基が対象で、このうち4基はすでに再稼働済みだ。「しっかりした施設をつくるための遅れだから原子力規制委は許容してくれる」。こんな3電力の思惑が一蹴された格好だ。関西電株は10日に年初来安値(1242円)を更新し、原子力規制委の決定前日となる4月23日終値からの下落幅は約2割に達した。
原発再稼働を受けた値下げを追い風に、関西電は攻勢を強めてきた。19年3月期の小売り販売電力量は前の期比2.2%増の1178億キロワット時と8年ぶりにプラスを確保した。けん引役は9.1%増の企業向けだ。17年夏、18年夏にそれぞれ平均4.29%、5.36%の抜本値下げを実施したほか、「省エネのコンサル営業も絡めた営業攻勢で法人顧客の奪還を進めてきた」(関電幹部)。関西電は原発依存度が高く、東日本大震災後の原発停止で2度の値上げを迫られ、大口顧客である企業を中心に客離れが進んでいた。
今回の原発停止で関西電にどれだけ影響が出るのか。最初の原発停止は20年8月の高浜原発(福井県高浜町)3号機、その次が2カ月後の高浜原発4号機となる。2基のテロ対策施設の完成遅れはそれぞれ約1年と見込まれており、収益悪化の影響は合計で年1080億円にのぼる計算だ。
関西電力のテロ対策施設の完成期限が近いのは高浜3号機、続いて4電力販売の回復が早くも一服しそうなのも気がかりだ。20年3月期の小売りに卸売りを足した「総販売電力量」は、前期比7.3%減の1229億キロワット時と一転して減少する見通しだ。「電力小売り自由化による厳しい競争のなかで、(抜本値下げで顧客を取り戻してきた)法人向けの動向を慎重にみている」(担当者)という。
販売電力量の見通しを反映し、今期の連結経常利益の会社予想は前期比2%減の2000億円を見込む。原発停止が始まる来期以降は収益環境がさらに厳しくなり、再び値上げの議論が台頭するかもしれない。しかし「自然災害でなく自分たちの工事の遅れが理由なら社会的な反発も予想される」(エネルギー業界関係者)ため先行きは不透明だ。
野村証券の松本繁季アナリストは「テロ対策施設の設置期限が延長されないとの前提に立てば、関西電の原発利用率が底になるのは23年3月期になる」と分析。7日付リポートでは長期的な減益見通しを踏まえ、目標株価を1310円(従来は1450円)に引き下げた。
もちろん関西電も手をこまぬいているわけではない。関西電は「少しでも工期が短くなるように努力する。代替策も今後考えて原子力規制委に丁寧に説明していきたい」(岩根茂樹社長)と強調する。高浜原発3、4号機の停止期間中に13カ月以内に一度実施する定期検査を前倒しして、検査のために原発を3カ月前後停止するコスト負担を軽減する方策も検討していく。
もっとも、抜本的な解決にはつながりそうもない。既にテロ対策施設の建設作業は2交代24時間体制で進めており、人員を増やすのは簡単にはいかない。工期の短縮を進める方策次第では7基で約4000億円と見積もっているコストが膨らむ可能性もある。
11年の東日本大震災以降、原発リスクは電力各社の経営の最大の不透明要因となってきた。再浮上したこのリスクの先行きが見通せるまで、関西電株を取り巻く霧は当面晴れそうもない。(大阪経済部 中西誠)【日本経済新聞】