東京電力福島第1原子力発電所事故の発生から8年。ようやく飛散した放射性物質の自然界での動き方が分かってきた。森に降り注いだ放射性セシウムの大半が地表近くにとどまり、川にほとんど流れ出していなかった。放射性物質をため込んだ微粒子は、水や海水に溶け出して数十年で消滅する可能性が明らかになった。住民の帰還や復興に役立てるには、長期的な記録や正確な情報の発信が欠かせない。
原発事故による放射線の影響や環境回復を研究する「福島県環境創造センター」(福島県三春町)には、県内の森林や川などで集めた分析試料が頻繁に持ち込まれる。2016年に県が設置し、日本原子力研究開発機構や国立環境研究所が協力する研究拠点だ。
ここで原子力機構は事故で降り注いだ放射性セシウムの森林での動きを調べている。17年7月時点の調査では、事故で拡散したうちの9割以上が、地表から10センチメートル以内の浅い土壌にとどまることが分かった。
セシウムは鉱物の表面に強く吸着されて流されにくい。森林から外に出ることはほとんどなく、例えば同県川内村のスギ林では流出量が0.05~0.48%にとどまった。
「その代わり、森の生態系内でセシウムが循環していることが推測できる」と原子力機構の飯島和毅グループリーダーは言う。樹液のセシウム濃度を測ると1リットルあたり30ベクレルと高く、森の枝葉をつたって落ちた雨の濃度を2ケタほど上回った。取り込んだセシウムが樹液に混じって木の中にとどまっている可能性がうかがえる。
セシウムは森林内にとどまるため、川の上流に流れ出る量は比較的少なくなってきた。セシウムの半減期は30年とされる。原発北側のある川では、自然減衰の約10倍の速さで濃度が下がっているという調査結果もある。季節によって濃度が上下する傾向があり、原子力機構の研究担当者は「微生物が活発に落ち葉を分解する夏には、川の濃度が上がるようだ」と分析する。
原子力機構は今後、国環研などと共同で、川の淡水魚の餌と体内に取り込む放射性物質の量の関係を探る。淡水魚の川釣りなどが再開できるよう、濃度が上がる要因を明らかにする。
土壌に吸着されるよりも濃度が高い微粒子の「セシウムボール」の性質解明も進む。セシウムボールは原子炉から飛散したガラス状の微粒子にセシウムなどがとじ込められたもの。事故後に関東地方の広い範囲にも飛び散ったとされる。
東京大学や農業・食品産業技術総合研究機構などの研究チームは、半径1マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル程度のセシウムボールが海水中で約10年で溶けて消滅する可能性があると指摘した。この微粒子は水の温度や組成の違いで溶ける速度が変わる。海水では真水より10倍の速さで溶けることを実験で明らかにした。
すでに原発事故発生から8年がたち、溶解は進んでいるとみられる。そうだとしても「海水中のセシウム濃度は検出されないほど低く問題はない」と研究チームはみる。
復興を進める上では飛散した放射性物質の正確なデータの収集と情報発信が欠かせない。原子力機構は月内に放射性物質や環境にまつわる研究を一覧できる情報サイトを立ち上げる。空間線量のモニタリング結果や海や川の放射性物質濃度が、将来どのように変化するかなどをまとめる。計算の根拠なども示す。
これを応用すれば、たとえば、降雨量に応じて川の放射性物質の濃度が変わるというデータを使い、農業用水を取水するタイミングを変えるなどの対策が考えられるという。自治体の担当者が、被ばくを抑える対策や住民帰還の計画づくりに役立ててもらう想定だ。
福島県では住宅地の除染が進む一方で、県内には多くの放射性物質が残る。住民の帰還率が1割に満たない地域もあり、復興への道のりは長い。同センターでの研究に携わる原子力機構の川瀬啓一課長は「研究成果を発信し、住民の帰還や新産業の創造に貢献したい」と語る。【日本経済新聞】